旅行者の疾病・受傷時にとるべき対応を判例から学ぶ-日本旅行医学会より
判決では遺族の請求は棄却された。判断に大きく影響したのは、生徒本人や保護者が病状の悪化を十分に伝えていなかったと見られたことだ。学校側には「スキー教室を実施するにあたり生徒全員の生命・安全を保護すべき一般的な注意義務がある」ことは認められた。しかし、その義務の具体的な内容や程度は、活動内容やその危険性とともに生徒の判断能力や自己申告能力等を総合する必要があり、「特別な事情のある生徒については、生徒自身やその保護者がどの程度、事情を学校側に周知していたかも考慮すべき」としたのだ。
遺族は1学期の面談の際に「子供の頃から喘息だが、現在は元気でサッカーをして体を鍛えている」と説明。スキー教室前の面談の内容も、「特別に配慮が必要な状態にあるとまでは告知されていたとは認められない」と判断された。生徒は、スキー教室初日の深夜と翌日早朝に発作が始まったが、教師には「明け方ちょっと咳が出たが、大丈夫です」との回答に留まった。致命的な発作が起きた翌日の朝にも発作を起こしたが、教師には「少し咳が出たが大丈夫」と返事していたという。
ただし金子弁護士は、「問題の深い根は学校と親子の情報交換にある。日本人には自身の症状を言いたくない性質があり、これが今回のケースに出たのでは」と述べ、関係者がもう一歩踏み込める体制を作っておくべきではないか」との所感を述べた。
なお、旅行会社においては学校側の要求に応じて契約通りのサービスの提供をおこなっており、それ以上は学校の責任で、旅行会社の責任はないと判断された。
判例3:ホテル側に損害賠償責任が認められた事例
最後は、ホテル側に宿泊契約上の安全配慮義務違反があったとし、損害賠償責任を認めた事例。酔余の上トイレで転倒していた宿泊者をホテル従業員は泥酔と見たが、実は脳挫傷であり、時間が経過した後に死亡した。金子弁護士はこのケースを、ホテルに関わらず旅行中の添乗員にも適用できる重要な判決として注意を促した。
判決では、発見時からの経過とホテル側の対応が大きなポイントとなっている。宿泊客は動けない状況にあるのを2度発見されており、その都度、「大丈夫」と応答したが、自力歩行ができず、従業員が客室のベッドに運んだ。特に2回目の発見時は浴衣に着替えて裸足で廊下に座りこんでいたところを発見され、客室に連れ帰ると汚れた下着が脱ぎ置かれ、シーツなども汚れていたなど、異常な行動の痕跡が見られた。翌朝、定期巡回の際に宿泊客の室内を見たところ、口からおう吐物を流し、体が震えて呼吸が乱れ、声をかけても応答がない状態で、救急搬送して治療したものの、意識不明のまま翌日死亡した。
判決では、2回目の発見時の対処を重視。発見から4時間後の異常な行動とその痕跡は単なる酒酔いの影響の域を超えており、「医師などによる診察を必要とする状態にあると判断すべき状況にあったと認めるのが相当」とした。
泥酔と脳梗塞は一般に判断が難しいとされ、本件の脳挫傷も同様だと思われる。しかし、金子弁護士は本件に関して、第1発見時で既に自力歩行ができない状況であり、それまでの経過が不明だったことを指摘。泥酔と決め込むのは危険として、「この時点で救急車を呼んでもおかしくなかった」とアドバイスした。