旅行者の疾病・受傷時にとるべき対応を判例から学ぶ-日本旅行医学会より
旅行業者は可能な範囲の情報提供が望ましい
判決では、原告らの請求はいずれも棄却となった。その根拠の概要は後述するが、判決で旅行業者が注目すべきポイントは2つ。
1つは、主催旅行契約上の付随義務として、「高度の発生可能性を有する格別の現実的危険が存在する場合には、その危険に関する情報を旅行者に対して告知すべき信義則上の義務がある」としたこと。もう1つは、帰国後の体調管理に関する情報提供や注意喚起義務に対して、「旅行業者がその義務を負うことはなく、例外的に罹患の可能性が高い疾病等があった事実を認識した場合は、旅行者自身の申し出問い合わせがあった場合に、適切な措置を講ずる義務を負うに留まる」としたこと。
さらに金子弁護士は、「旅行業者としては可能性が少なくても危険性があり得るとの情報を得ていれば、参加の判断材料として事前に情報提供をし、必要な準備の機会とするのが望ましい」との意見を披露。帰国後の情報提供についても、「病気が流行していたというような情報を取得した場合は、積極的に情報提供すべき」との考えを示した。
裁判所が請求を棄却した理由は、(1)今回のツアーではマラリア罹患の危険性が低く、旅行会社が予見することができなかったこと、(2)健康管理は本来、旅行者自身がすべきであり、旅行会社としては最終日に機内で質問票を配布したことで、記入を促したと認められること、(3)男性から旅行会社に体調に関する問合せがあったと認めることができず、旅行会社が男性に対して帰国後体調を崩した場合に連絡をさせ、ツアー中でのマラリア罹患の危険性を告知し、専門医を紹介するなどの義務を負っていたということができない、という点。
ちなみに、原告は医師に対する訴訟は起こさなかった。そのため、裁判所は直接的な判断はしていない。しかし、判決のなかで「医療機関にとっては、南部アフリカからの帰国後の疾病としてマラリアの可能性が存在することは通常容易に分かり、マラリアの診療は一般的な病院で可能である」と言及。このことから、金子弁護士は法的観点から、医療機関に責任問題が発生してもおかしくないとの解釈を述べた。
なお、会場からは今年、日本で感染が続いたデング熱に関連する質問があった。立入禁止地域の設定などが行なわれていた時の東京への送客の際に、危険性を告知する必要があるのかという内容だ。これについて金子弁護士は、この判決事例をもとに考えると、旅行会社には告知する義務があるとの見解を示した。特に訪日外国人に説明をしなかった場合は、相手国の法律で責任義務が問われることになる可能性があるとも述べた。