【台湾・現地レポート】6000軒の激戦区で20年、「鄧老師養生館」林賢氏が語る リスク管理と“恩送り”の経営論

■「ハニートラップ」と「嫌がらせ」との闘い

-開業当初は、林さんご自身も施術されていたのですか?

 ええ、やっていました。ところが、予約が僕に全部集中してしまって従業員が騒ぎ始めたんです。それ以上に危険を感じたのが、予約の90%以上が女性客で埋め尽くされたことでした。しかも、指圧ではなくオイルマッサージの予約ばかり。これは直感的に「絶対にトラップ(罠)を仕掛けられる」と思いました。

-トラップ、ですか?

 マッサージ店が潰れる原因の多くは、セクハラ疑惑などのトラブルです。日本人の社長が「客の身体を触った」なんて噂を立てられたらアウトですよ。店ごと終わりになってしまう。  だから、「これは絶対にやられるな」と思って、すぐに現場の一線から退きました。それ以降、うちの店では「女性客は女性スタッフ、男性客は男性スタッフ」が担当するという線を引いています。従業員からは「お客さんが林さんを指名しているのに」と不満も出ましたが、トラブルのリスクは一切排除しました。

-現地での経営には、相当なリスク管理が必要なんですね。

 同業者からの嫌がらせもすごかったですよ。この辺りの建物はみんな違法増築をしているんですが、なぜか僕の店だけが訴えられる。店の前にショベルカーをつけられて「壊しますよ」と脅されたこともあります。  でも、僕は引きません。「全部壊してください。その代わり、周りの店も全部壊してくださいね。日本人だけ狙い撃ちにするなら国交問題にしますよ」と啖呵を切りました(笑)。そうすると向こうが引いていくんです。

-そこまでして闘う原動力は何でしょうか?

 日本人として、現地の人たちには負けたくない。その一心です。6000軒もの店がひしめくこの業界で天下を取って、しのぎ合いをするのが楽しいんですよ。

※編集部注:台湾ではリラクゼーション・足つぼ・全身マッサージを提供する店舗が多数存在し、台北市内だけでも数千規模といわれる。中山エリアは特に競争が激しい地域の一つだ。

■コロナ禍での変化と「コンシェルジュ」としての役割

-コロナ禍を経て、客層に変化はありましたか?

 以前は8割が日本人観光客でしたが、コロナで日本人が来なくなり、方針を転換しました。「台湾人をターゲットにしよう」と。今は地元の台湾人が8割、日本人が2割くらいです。  広告費も削りました。日本の雑誌への掲載はお付き合いのあるところだけにして、あえてお金をかけるのをやめたんです。それでも、昔からの常連さんが口コミで広げてくれています。

-日本人旅行者にとって、林さんのお店は拠点のようになっていると聞きます。

 そうですね。「台湾に来たらまず林さんのところへ行け」と言われているみたいで(笑)。そこで僕が旅行のプランを立ててあげるんです。「ここでこれを食べて、あそこへ行って」と指示すると、みんなその通りに動いてくれる。  紹介するのは、ガイドブックに載っているような綺麗な店ばかりじゃありません。「汚いけど美味しい店」をあえて教えるんです。「現地の味が合うか合わないかも含めて旅行の楽しみでしょう?」と言うと、みんな喜んで行ってくれて、「本場の場所に行けてよかった」と高評価をもらえます。

■旅行業界への提言と「恩送り」

-トラベルビジョンの読者である日本の旅行業界の方々に、伝えたいことはありますか?

 「もうちょっと飛行機を安くしてくれ」と言いたいですね(笑)。そうすればもっとお客さんは増えると思います。台湾からフィリピンへ行くのと、日本からフィリピンへ行くのとでは値段が倍近く違うこともある。家族で海外へ行く時は、わざわざ台湾に集合してから行くほどです。

-最後に、今後の展望をお聞かせください。

 80歳までは現役でやる予定です。元気でいる間はずっとやっていると思います。  実は僕、旅行業界の人にはものすごく感謝しているんです。店を立ち上げてまだ2年も経たない頃、当時の日本の航空会社幹部がマッサージを受けに来てくれました。「林、お前のところは違うな」と認めてくれて、会社の法被(はっぴ)を全部うちで作ってくれたり、タレントを使った宣伝に協力してくれたりしたんです。あの一言と応援で、店が一気にのし上がりました。

あの時の「お前、日本人だろ。応援してやるわ」という日本人の粋な心。それを受けて今の僕がある。だから今は逆に、僕が「日本人だろ、助けてやるよ」と返す番だと思っています。これは「恩送り」ですね。  現在は、東日本大震災の被災地や北陸の復興支援として、日本の海産物や野菜を台湾で広めるプロジェクトにも動いています。若い世代が頑張っているなら協力したい。店の一軒くらい出してやろうか、という気持ちでやっています。

【取材後記】

 「騙されたことも数え切れない」と笑いながら語る林氏だが、その目は常に前を見据えている。徹底したリアリストでありながら、同胞への温かい眼差しを持つその姿勢こそが、20年にわたり異国の地で支持され続ける理由なのだろう。台北を訪れる際は、旅の安全基地として、まずは林氏のもとを訪ねてみてはいかがだろうか。