【台湾・現地レポート】6000軒の激戦区で20年、「鄧老師養生館」林賢氏が語る リスク管理と“恩送り”の経営論
台北市・中山エリア。多くの観光客が行き交うこの街で、20年にわたり愛され続けるマッサージ店がある。「鄧老師養生館(ダンラオシー・ヤンシェングァン)」だ。 オーナーを務めるのは日本人の林賢(はやし・けん)氏。異国の地で、現地企業としのぎを削りながら生き抜いてきた林氏に、台湾での起業の経緯から、驚くべきリスク管理術、そして日本の旅行業界への提言まで、その赤裸々な経営ストーリーを語っていただいた。
■「悠々自適」を捨て、部下のいない台湾へ
林 (以下敬称略) 一番の理由は「国として安全」で、「日本人に比較的優しい」ことですね。それと、僕は日本でも仕事をしているので、何かあった時にすぐに帰れる場所がよかった。航空会社にいけば、どんな状況でも1席か2席は空けてくれるような距離感。そこに潜り込ませてもらえばいつでも帰れますから。
林 正直に言うと、僕がじっとしていられない性分なんです。日本では建設会社や飲食店を数軒経営していて、もうやることがなくなってしまった。周りが仕事をさせてくれないんですよ、全部部下がやってくれるから。 そうなると自分でつまらない。「じゃあ、お前らが誰もいないところへ行くわ」と言って飛び込んだのが台湾です。当時49歳くらいでしたかね。「悠々自適」なんて言葉もありますが、最高の遊びはビジネスですから。この勝ち負けの世界はたまらないですよ。
林 最初から決めていたわけではありません。まずは2年間、ホテルを予約して遊んで暮らしていました。自分の足で街を見て回った結果、台湾の文化に一番溶け込んでいるのは「食」と「マッサージ」だと気づいたんです。 ただ、飲食店は入れ替わりが激しい。これでは勝負したら負けるなと。根性を入れてできることといえばマッサージかなと思いました。
林 経験は全くありませんでした。だから、ホテルの支配人に頼んで「台湾で一番上手いマッサージ師」を紹介してもらったんです。その人に2年間、毎晩僕の部屋に来てもらって技術を教わりました。「毎日2時間、いくらかかっても構わないから」と頼み込んでね。そしたら器用なことに、全部覚えてしまったんです。
