【会計士の視点】経営者の判断は財務諸表にあらわれる-日本航空編
ANAホールディングスとの違いはどこか
資金調達の方針は「必要な時に必要な分を調達する」
日本航空の連結損益計算書の分析
日本航空は、国際会計基準を採用しており、日本基準の決算書とぱっと見の雰囲気が違い、「ゲッ」と思うかもしれません。
この日本基準と国際会計基準の違いについては、これを書き出すと余裕で1冊本が作れるレベルになりますが、ただ最近は日本基準も国際会計基準に段々と近づいてきつつあり、見た目は違うものの内容はそこまで大きく変わらなくなりつつあるので、「見た目の違いにビビらず、中身をしっかり読みましょう」くらいで良いかなと思います(例えばのれん償却とか、特別損益が計上される場所とか、細かい違いはありますが、そこまで踏み込むとマニアックになりすぎるので割愛します)
(単位:百万円)
前連結会計年度 (自 2019年4月1日 至 2020年3月31日) | 当連結会計年度 (自 2020年4月1日 至 2021年3月31日) | |
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売上収益 | ||
国際線旅客収入 | 486,217 | 27,969 |
国内線旅客収入 | 529,707 | 174,006 |
その他の売上収益 | 369,989 | 279,249 |
売上収益合計 | 1,385,914 | 481,225 |
その他の収入 | 9,069 | 13,397 |
営業費用 | ||
人件費 | △291,317 | △254,809 |
航空燃油費 | △243,420 | △96,788 |
減価償却費、償却費及び減損損失 | △164,383 | △190,585 |
その他の営業費用 | △609,759 | △342,854 |
営業費用合計 | △1,308,881 | △885,037 |
営業利益(△は損失) | 86,103 | △390,414 |
持分法による投資損益(△は損失) | 1,396 | △7,582 |
投資・財務・法人所得税前利益(△は損失) | 87,500 | △397,997 |
投資から生じる収益・費用 | ||
投資収益 | 2,399 | 2,694 |
投資費用 | △1,091 | △3,003 |
財務・法人所得税前利益(△は損失) | 88,807 | △398,306 |
財務収益・費用 | ||
財務収益 | 1,102 | 1,799 |
財務費用 | △1,760 | △7,570 |
税引前利益(△は損失) | 88,149 | △404,078 |
法人所得税費用 | △36,137 | 116,202 |
当期利益(△は損失) | 52,012 | △287,875 |
当期利益(△は損失)の帰属 | ||
親会社の所有者 | 48,057 | △286,693 |
非支配持分 | 3,955 | △1,182 |
その他の包括利益 | ||
純損益に振り替えられることのない項目 | ||
その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産 | △2,702 | 3,284 |
確定給付制度の再測定 | 9,875 | △2,394 |
持分法適用会社におけるその他の包括利益に対する持ち分 | △171 | 87 |
純損益に振り替えられることのない項目合計 | 7,001 | 977 |
純損益に振り替えられる可能性のある項目 | ||
キャッシュ・フロー・ヘッジの有効部分 | △23,250 | 34,411 |
在外営業活動体の外貨換金差額 | △162 | △138 |
持分法適用会社におけるその他の包括利益に対する持分 | △1,302 | 1,445 |
純損益に振り替えられる可能性のある項目合計 | △24,714 | 35,718 |
税引後その他の包括利益 | △17,713 | 35,695 |
当期包括利益 | 34,298 | △251,179 |
その上で、まず2021年3月期の有価証券報告書を見ると、2020年3月期と比較して、売上収益が9046億円減少し、前期比でいうと▲65.3%となっております。前回見たANAでも▲63.1%だったので、ほぼ同じくらいの収益減となっているのが分かります。
また日本航空では売上収益の中で「国際線旅客収入」「国内線旅客収入」「その他の売上収益」に分かれており、その内訳を見ると、国際線旅客収入が4582億円減少で前期比▲94.3%(!)、国内線旅客収入が3557億円減少で前期比▲67.2%、その他の売上収益が907億円減少で前年比▲24.5%となっております。
その他の売上収益は、旅客以外ということなので、おそらく貨物収入(前年比増加)やJALカードの収益(特に大きな変動なし)、旅行企画販売(国内中心なので、国内線と同じくらいの減少幅)等が含まれ、「増えたものも、減ったものも、変わらないものも混在している」という結果、減少幅が他に比べて小さいということだと思います。
営業費用については、航空燃油費は1466億円減少で前年比▲60.2%、その他の営業費用が2669億円減少で前年比▲43.8%となったものの、人件費や減価償却費、償却費及び減損損失といった固定費は大きく下がらず(減価償却費、償却費及び減損損失は、むしろ微増)、営業費用は4238億円減少で前年比▲32.4%にしかならず、その結果営業利益の時点で▲3904億円の損失となっています。
ANAとは会計基準が違うので一概には比較できないものの、ANAも売上原価+販管費で2020年3月期には1兆9134億円だったのが、2021年3月期には1兆1934億円と、費用は前年比▲37.6%となっており、日本航空も大体同じくらいなので、状況としてはほぼ同じような状況と言えます。
このように、2021年3月期の決算としては、「国際線が壊滅的、国内線も大幅減の中、変動費は下がったものの、人件費や設備等の固定費がそこまで下がらず、結果的に赤字」という感じなのですが、2021年6月期の四半期決算を見ても、その傾向はあまり変わらず、営業損失は3か月で768億円の赤字となっております。
季節要因等を全無視して、簡易的にこの数字を4倍して年換算すると、営業損失は768億円×4=3072億円となるので、今時点では「去年より多少はマシだが、決して状況としては良くない」ということが分かります。
今は世界的にもデルタ株の感染拡大VSワクチン接種(ワクチンの有効性や、有効期間がどのくらいかというのも含む)という状況で、ワクチン接種が先行していたイスラエルでも再び感染が拡大し、屋内でのマスク義務化等の規制が復活したりしている一方で、英国などは「感染者は増えても死亡は抑えられるだろう」ということで規制解除をする等、世界的にも「何が正解か」を模索している段階で、今後どうなるかはかなり見通しが難しいですが、少なくとも4-6月期決算の時点では、「あまり状況が良くなかった」と言えます。
7-9月期についても、オリンピックはあったものの基本的に無観客だったことも考えると、8月現在の肌感覚としてはそこまで改善している感じはなく、また去年と違ってGoToトラベル事業がないということも考えると、ここで大きく盛り返しているということもなさそうで、今後どうなるか・・・・という状況です。
日本航空の連結貸借対照表・キャッシュ・フロー計算書の分析
では次に貸借対照表やキャッシュ・フロー計算書を見ていくのですが、こういう状況が良くない会社だと、まず注目すべきは「倒産しないか」という点であり、それを見るためには、流動資産(特に現金周り)と流動負債、そして資金調達をどうやったのかという点を中心に見ていくことになります。
また、もう一つ重要なのが、「コミットメントライン契約等の、いざという時に借りられる契約の有無」も大事なので、それも見ていく必要があります(これは注記や前段部分に書いていることが多いです)
ちなみに、貸借対照表については、「今がどうなのか」が最重要なので、こちらは四半期報告書を中心に見ていきます。その上で日本航空の連結貸借対照表を見ると、まず「資産周りがそんなに変動していない」ということが分かり、現金及び現金同等物についても、例年並みの水準となっております。
(単位:百万円)
資産 | 前連結会計年度 (2021年3月31日) | 当第1四半期 連結会計期間 (2021年6月30日) |
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流動資産 | ||
現金及び現金同等物 | 408,335 | 357,019 |
営業債権及びその他の債権 | 76,760 | 72,567 |
その他の金融資産 | 14,133 | 18,885 |
棚卸資産 | 23,680 | 24,297 |
その他の流動資産 | 44,906 | 51,371 |
流動資産合計 | 567,816 | 524,141 |
非流動資産 | ||
有形固定資産 | ||
航空機 | 827,587 | 868,520 |
航空機建設仮勘定 | 129,882 | 107,910 |
その他の有形固定資産 | 87,942 | 87,057 |
有形固定資産合計 | 1,045,413 | 1,063,487 |
のれん及び無形資産 | 89,662 | 89,033 |
持分法で会計処理されている投資 | 24,232 | 23,762 |
その他の金融資産 | 128,055 | 126,572 |
繰延税金資産 | 225,886 | 251,821 |
退職給付に係る資産 | 3,176 | 3,232 |
その他の非流動資産 | 23,036 | 22,146 |
非流動資産合計 | 1,539,462 | 1,580,055 |
資産合計 | 2,107,279 | 2,104,196 |
負債及び資本 | 前連結会計年度 (2021年3月31日) | 当第1四半期 連結会計期間 (2021年6月30日) |
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負債 | ||
流動資産 | ||
営業債務及びその他の債務 | 97,185 | 89,497 |
有利子負債 | 69,621 | 74,331 |
その他の金融負債 | 42,490 | 38,115 |
未払法人所得税 | 3,890 | 861 |
契約負債 | 215,239 | 222,011 |
引当金 | 3,750 | 5,164 |
その他の流動負債 | 44,714 | 42,223 |
流動負債合計 | 476,893 | 472,207 |
非流動負債 | ||
有利子負債 | 445,525 | 498,963 |
その他の金融負債 | 23,479 | 23,766 |
繰延税金負債 | 108 | 155 |
引当金 | 15,667 | 21,233 |
退職給付に係る負債 | 153,169 | 153,959 |
その他の非流動負債 | 10,899 | 9,689 |
非流動負債合計 | 648,850 | 707,767 |
負債合計 | 1,125,744 | 1,179,974 |
資本 | ||
資本金 | 273,200 | 273,200 |
資本余剰金 | 273,557 | 273,557 |
利益余剰金 | 352,965 | 295,030 |
自己株式 | △408 | △408 |
その他の包括利益累積額 | ||
その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金融資産 | 35,468 | 31,068 |
キャッシュ・フロー・ヘッジの有効部分 | 12,877 | 18,842 |
在外営業活動体の外貨換算差額 | △201 | △37 |
その他の包括利益累計額合計 | 48,144 | 49,873 |
親会社の所有者に帰属する持分合計 | 947,459 | 891,253 |
非支配持分 | 34,075 | 32,967 |
資本合計 | 981,535 | 924,221 |
負債及び資本合計 | 2,107,279 | 2,104,196 |
安全性としては、流動比率で見ても2021年6月期で111%(100%以上が一つの基準)で、流動資産の内容も5241億円の内、3570億円が現金及び現金同等物と、基本的に問題のない内容で、さらにコミットライン契約については、P3で未使用のコミットメントライン契約3000億円があるということが記載されており、資金面では十分であると考えられます。
そしてこの資金面では、実はANAホールディングスとかなり違いがあり、ANAホールディングスだと現金及び預金や、有価証券(内容は譲渡性預金)が大幅に増えていましたが、日本航空はそういうことがありませんでした。
これは経営者の資金調達についての考え方の違いが出ていると思われて、ANAホールディングスは「とにかくまず資金を確保できるだけ確保しておいて、余った分は譲渡性預金等に入れる」という方針なのに対して、日本航空では「必要な金額を必要に応じて調達する」という方針だと考えられます。
実際に日本航空については、2021年3月期の四半期ごとの動きを見ていても、現金及び現金同等物残高はかなり安定的に推移している中で、有利子負債の調達や、第三四半期には増資等、必要に応じて資金調達を行い、またコミットメントライン契約も締結する等の安全策も取る形で運営しているようです。
同業他社の財務諸表を比較して読むと、こういう風に「業界自体がどうなっているのか」とか、「その上で経営者の判断は何がどう違うのか」といった面白いことが分かることも多いので、是非やってみてください。
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