トップインタビュー:東医大・渡航者医療センターの濱田篤郎氏

日本人を感染症から守るために
旅行業界の協力が必要だ

一昨年はエボラ出血熱、昨年にはMERSの感染が拡大し、日本の旅行業界にも大きな影響を与えました

診察室にて 濱田 ここ数年、世界各国で感染症の流行が見られているが、幸いなことに日本への深刻な流入は免れている。特にエボラ出血熱については、政府が広報や検疫にかなりの力を入れて功を奏した。現在流行しているジカ熱についても、リーフレットの配布などをおこなっていて、そのような取り組みを強化すればいいと思う。また、私が所属している厚生労働省の研究班では、一般向けにeラーニングサイト「海外旅行と病気」を開設しており、このような啓発活動もさらに広めていきたいと考えている。

 海外では常に感染症にかかるリスクがあるし、感染すれば病原菌ウイルスを日本に持ち込むリスクがある。旅行業界と旅行者には「被害者は加害者にもなりうる」ということを良く知っていただきたい。日本でも昭和40年代頃までは、日本脳炎などの感染症に対して政府と国民が一緒に「かからないこと」と「うつさないこと」に取り組んだ。しかし今では、みな「かからないこと」ばかりを考えて、自分が加害者になりうることを忘れている。

 例えばインフルエンザの流行時には、誰もが「かからない」ためにマスクをするが、マスクはむしろ「うつさない」ための有効性が高いことは知られていない。また、くしゃみに限らず咳をする場合にも手をあてるべきということが、それほど浸透していない。感染症については「他人にうつさない」ことが非常に大事だ。韓国でのMERSの拡大時には感染者が出国してしまったケースがあったが、本来なら許されることではない。日本も韓国も、旅行者だけでなく国民全体で公衆衛生思想を育む必要がある。

 MERSについては韓国では終息したと思われているが、我々がトラベルビジョンに毎月提供している「海外感染症情報」を見てもわかる通り、サウジアラビアやその周辺国では未だに同程度の感染拡大が頻発している。MERSはラクダに触ったりすることで感染し、人から人へ感染するが、そのような基本的な情報が知られていないので、旅行業界にはさらに情報を提供しなくてはと考えている。


-ジカ熱について、リオ五輪観戦ツアーなどを予定している旅行会社が留意すべきことを教えてください

濱田 ジカ熱については60年以上前に発見されたウイルスが、ここ数年来の流行を起こしていると考えられるが、まだまだ不明な部分が多い。現時点では、一般的には感染しても重篤な症状は現れないことが知られているが、妊婦については感染すると胎児の小頭症を引き起こす可能性があるので、今は中南米などの流行地域には行かない方がいい。

 ジカ熱は14年に日本でも流行したデング熱などと同じく、ワクチンや治療薬などがないので、とにかく蚊に刺されないことが大事だ。ジカ熱の感染者の8割は発症せずに済むが、たとえ未発症でも、リオで感染した旅行者が帰国後に蚊に刺されれば、国内での感染拡大が考えられる。また、感染した男性の精液にはウイルスが含まれるので、帰国後8週間は安全な性行為に努める必要がある。発症した場合はすぐに医療機関を受診することも大事だ。

 日本での感染症の流行を未然に防ぐためには、とにかく誰もが「公衆衛生をわきまえる」ということに尽きる。旅行業界も外務省や厚生労働省のウェブサイトなどを活用して、正しい情報の収集に努め、旅行者に正しい情報を提供してほしい。そうしないと、何かあった時に思わぬ問題に発展する可能性がある。