なぜ旅行会社は価値を買わないのか?-RT Collection 柴田真人氏

  • 2023年6月12日

 第30回目のコラムとなりました。コラムを書かせていただくことになった当時はここまで継続するとは思っていなかったので、第30回目を迎えてうれしい限りです。今回のテーマは「なぜ旅行会社は価値を買わないのか?」について書いていきます。

 先日、以前から気になっていた函館の朝食戦争を体験してみたくて、函館で1週間ワーケーションをしました。各ホテル、いくらやマグロ、甘えび、イカなどの刺身がビュッフェラインに並び、いくらかけ放題やマグロ食べ放題など朝食にとても力を入れています。ホテルによっては函館朝市にあるお店と提携して朝食を提供するところもあります。朝食レストランにはオープン前から人が並び、オープンするとすぐに満席になります。ビュッフェラインにはたくさんの人が並び、ここぞとばかりにいくらやマグロをどんぶりに盛り付けて、朝から海鮮丼を楽しんでいるたくさんの宿泊客を目の当たりにしました。

 函館では毎日宿泊するホテルを転々としていたのですが、ホテル選びの際に朝食戦争というキーワードを意識しすぎたのか、最初は朝食の内容ばかりをチェックしていました。調べていくうちに意外と同じような朝食ビュッフェばかりで、朝食が宿泊先のホテルを決定する要因にはそこまでなりませんでした。まさにコモディティ化を感じたようなイメージです。結果、客室やホテルサービス、施設などが最終的にホテルを決めるポイントになりました。

 今回宿泊したホテルで感心したのはセンチュリーマリーナ函館です。朝食のビュッフェラインには150品目以上の料理が並び、日本一にも選ばれた朝食というのはとても有名ですが、プレミアフロアの客室に宿泊すると高層階の客室が確約となり、朝食時にプレミアブレックファストを体験することができます。プレミアブレックファストとは何かというとプレミアフロア特典として朝食時に海鮮のお造りを食べることができます。海鮮のお造りには中トロ、ホタテ、甘えび、蝦夷アワビの4種類が入っていて、ビュッフェラインにはない刺身を食べることができるのでお得な気分になりました。朝からアワビは贅沢ですよね。これは、スタンダードルームよりも金額の高いプレミアフロアの客室代金を支払うことで、プレミアフロアの宿泊者限定の価値を購入したということになります。ホテル側は「価値を売る」、そして旅行者は「価値を買う」というごくごく普通のことです。

センチュリーマリーナ函館の朝食ビュッフェラインの海鮮 プレミアブレックファスト


 海外のホテルのお仕事をしていると、海外旅行の需要が少しずつ高まってきたこともあり、旅行会社からの販促の相談や交渉が多くなってきました。前向きな相談や交渉であれば、こちらも是非お願いしますというような気持ちになりますが、交渉内容は円安、燃油高を理由としたディスカウント交渉がほとんどです。円安、燃油高をホテル事業者が負担するのかという大きな疑問を感じますし、シーズナルプロモーションでディスカウントを提供していても、さらにディスカウント交渉が入ることもあります。単純な低価格戦略は体力勝負となり、ホテル側としたら客室単価を下げるのみになってしまいます。それはツアーの「企画」ではなく、ただの「安売り」です。

 パッケージツアーの企画担当者がAIR+HTLの商品やOTAの価格を競合意識しすぎるばかりにホテル側に何かサービスを無料提供してほしいという交渉も最近増えています。差別化をするということはとても大事ですが、中にはホテル側に数百ドル相当の食事やアクティビティを無料提供してほしいという依頼もあります。こういう交渉があったときにいつも思うことは「旅行会社側が共有してくれるリスクとは?」ということです。パッケージツアーに付加価値を加える際に旅行会社自身がなぜ価値を買わないのか、需要が戻ってきている中でもその意識をとても欠いているように感じます。もちろん、稀に企画担当者によっては「このサービスをパッケージツアーに付けたいんですが、バルクで購入するとディスカウントは入りますか」というようなとても前向きな交渉もあります。こういう企画担当者はビジネスパートナーとリスク共有がしっかりとできており、結果も伴います。企画担当者から「売り上げをあと1万円、2万円上げたいんですが、このぐらいの予算感でこういったサービスは作れますか」というような売り上げや単価を上げていこうという話はありません。

 日本の海外旅行市場の回復は非常に遅れている一方で他の国々では早々に海外旅行需要が戻りました。仕入れ環境も変化し、販売チャネルも多様化しています。企画担当者が「企画」ができるかどうかが今試されています。