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【仕事を変える】大手旅行会社から観光局を経て転職、会社員と独立の二刀流の働き方-ToBay酒井剛士氏

 若い頃は世界中を放浪した根っからの旅行好き。その後、旅行会社や観光局で17年間にわたって活躍した酒井剛士氏は、コロナ禍のさなかの昨年、旅行事業を始めた企業に転職。さらに会社所属のまま自らの事業も立ち上げた。厳しいビジネス環境が続く観光産業で、二足のわらじを履く酒井氏の観光産業への思いを聞いた。インタビューは5月11日に実施した。(聞き手:弊社代表取締役社長兼トラベルビジョン発行人 岡田直樹)

世界60ヵ国、100都市以上を旅した酒井氏。写真はネパールを旅した時のもの
―まずは自己紹介からお願いします。

酒井剛士氏(以下敬称略) 旅行好きが高じて、大学在学中にバックパッカーとして旅を始め、卒業時に「20代は世界一周をして本物の世界をみよう!」と就職活動はおこなわず、世界一周の旅をしました。資金を貯めてはまた旅に出かけるの繰り返しで、オーストラリアやニュージーランドでのガイド、バリではクラブメッド、日本帰国時にはペンションのマネージャーとして働き旅の資金を貯めました。結局9年間旅をして、60か国100都市以上を旅しました。

JATAツアーグランプリ2015の受賞式の様子。後列右から4人目が酒井氏

 32歳で帰国し、阪急交通社に入社。トラピックスのツアー企画の部署で、オセアニア、ハワイ、秘境方面の担当として13年間勤務しました。2015年には企画したインドのツアーで、JATAツアーグランプリの海外旅行部門グランプリパッケージ部門を受賞しました。オペレーターさんと一緒に作り上げた会心のツアーでした。旅行会社で企画のスキルを学べたことは今でも大きな財産です。その後、ハワイ州観光局(HTJ)で4年間、営業部長として務め、DMOについても学ぶことができました。

―コロナ禍中の難しい時期になぜ転職を決意し、その際に不安はなかったのですか。

酒井 コロナの影響もありHTJの予算が縮小し、先々について迷い始めたタイミングだったこともあり、ちょうど新たに旅行会社の立ち上げを手伝っていた企業の社長に声をかえていただき決意しました。それがソーシャルキャピタル・プロダクション(SCP)です。さわかみ投信グループの澤上龍社長が代表を務め、映像事業や地域事業をおこなっていたのがSCPで、新たに旅行事業を立ち上げるために誘われました。

 またSCPで仕事をする一方で、自分の経験を活かしてDMOや旅行業に関するコンサルタント業をおこなうため合同会社ToBayを設立。いまは二足のわらじを履いて頑張っています。

 転職に当たって不安がなかったと言えば噓になりますが、タイミングよく自分を活かせる次の仕事に巡り合えたのはラッキーでした。また転職時は状況の厳しさが今ほどではなかったこともあります。もし観光産業以外の仕事を探さなければならない今のような状況だったなら不安の大きさも違ったと思います。