現地レポート:中国・福建省、自然美と異国情緒、茶の香りに漂う旅

  • 2011年2月10日
水墨画の景色と山岳地帯に残る土の楼閣
租界時代のロマンと茶の香る福建省の旅


 福建省は、海峡を隔てて台湾と向かい合う中国南東部に広がっている。亜熱帯海洋性モンスーン気候に恵まれ、緑豊かで温暖な地域だ。水墨画を見るような奇岩が続く武夷山から、神秘的な客家文化を象徴する巨大な土楼、そして租界時代のカラフルな歴史を物語る厦門(アモイ)の街並みまで、福建省の魅力は奥が深い。上海を出発点に、福建省の代表的な見どころを2泊3日で旅してみた。福建省はウーロン茶の本場。今回の行程は、やわらかで深みのあるお茶の香りに癒されながらの旅だった。
                                    
                                       
悠久の時が描いた大自然の美

 世界遺産に指定されている武夷山は、朱熹(朱子学の祖)の詠んだ『九曲棹歌』で讃えられた絶景の地だ。赤みをおびた巨大な砂岩の岩盤が川の流れや風雨に浸食され、さまざまな形の岩山に変化していった。膨大な力で引き裂かれたように見える絶壁や、美しい布が揺れているように見える峰々、緑濃い森、水墨画に描かれた世界が目の前に広がっている。岩山を一歩一歩登って行けば、雲海に浮かびあがる武夷山の全景が見渡せる。

 そびえたつ奇岩の間には、何度も曲がりくねりながら川が流れている。武夷山観光で見逃せないのが、この九曲渓の川下りだ。太い竹を組み合わせたシンプルな筏で、ゆったりと流れに乗っていく。筏の上の椅子に座って、周囲の岩山を見上げると、先ほど岩の上の方から眺めた時とはまた違った感動が胸に迫って来る。李白なども詩に詠んだという天遊峰を見たときは、漢詩の素養があればと残念に思えたほどだ。

 この川下りは、通常1時間30分ほどで9つのカーブを曲がって行くが、半日たっぷりかけて楽しむことも可能。ただし、筏をあやつる船頭さんの案内がなければ、やや冗長に感じられる人もいるかもしれない。事前に、岩の形と簡単な説明の書かれた紙を渡されていたが、それだけではやや物足りない。写真を添えるなど、もう少し詳しいパンフレットがほしいところだ。

 観光時間のタイミングだが、朝霧のかかる早朝が最も幻想的。岩が赤みを帯びているので、朝日や夕日が当たる時なら、さらに美しさを増すと思われる。ただし、筏の営業時間は早めに終わってしまうので、夕日とのタイミングを合わせるのは難しいかもしれない。武夷山の風景は中高年の人々に大きなアピール力があるが、この周辺は昆虫や植物の保護区としても世界的に有名なところでもある。漢詩の愛好家から野草観察の趣味グループまで、目的を特化させた企画にも使えそうだ。

 また、武夷山周辺は国内旅行のデスティネーションとしても長い歴史があり、ホテルなど受入設備も比較的整っている。この周辺は武夷留香茶や武夷岩茶などの名産地で、ホテルの客室にも伝統的な茶器が用意されていたのがうれしかった。なお、上海から武夷山空港へは約1時間20分、厦門からは約40分。空港から武夷山の景勝地区までは約15キロメートルで、道路も整備されている。


「海のシルクロード」の基点に今も残るロマン

 福建省の人々は常に海と深いつながりを持っていた。海辺の都市は航海によって発達し、元の時代から「海のシルクロード」の出帆地として栄えた伝統を受け継いできた。とりわけカラフルな歴史を物語るのが、明の時代から貿易港として重要な役割を果たしてきた厦門だ。美しい稜線を描く山々が海のすぐ近くまで迫り、街並みは海に浮かんでいるように見える。「城は海上にあり、海は城中にあり」という伝統的な表現は、今でもこの都市にふさわしい。

 厦門のなかでも見逃せないのは、「海上の花園」と呼ばれる美しい島、コロンス島だ。市内の港から、ほんの10分ほど渡し船に乗っていくだけだが、まるで時を遡って旅するような不思議な気分になる。

 1842年、アヘン戦争が終わると、厦門は南京条約によって開港させられた。中国との貿易に列強諸国が群がり、コロンス島は共同租界となった。2平方キロほどの小さな島に、イギリスやオランダなど各国の領事館が集まり、貿易関係者の家族の為の学校や教会なども立ち並ぶようになった。やがて外国人が去ると、今度は華僑の金持ちが争うようにこの島に別荘を建てた。今も島には、19世紀から20世紀初頭の西洋館が数多く残されており、複雑に入り組んだ小路には、この島がたどってきた数奇な運命の物語が聞こえてきそうだ。

 コロンス島は、最近になって、租界時代の独特の雰囲気を再現して観光地として整備しようとする動きが高まっている。週末になれば、地元の人を含めて数多くの観光客で狭い路地は歩きにくいほど。19世紀のロマンを感じたいなら、島に1泊し、観光客がまだやってこない早朝の散策をおすすめしたい。西洋館を改造した民宿も増えているので、付加価値の高い旅に仕立てることができるだろう。ただし、島の内部は、歩いてみなければその良さに触れることはできない。起伏がけっこうあるので、足の弱い人は要注意。丘の上まで観光客用の乗り物で登り、歩いて港に戻るようにするのがベストだろう。




「東方文明の真珠」と讃えられる福建の土楼

 斜面に茶畑が続く深い谷間の道をバスに揺られていく。厦門を出発し、高速道路が使えたのは最初の30分ほどで、後は山道ばかりだ。しかし、目の前に現れた巨大な土の楼閣を見たとき、それまでの旅程の疲れはいっぺんに消えてしまった。

 福建の土楼は、世界遺産にも指定されている建造物群。福建省南部の山岳地帯に点在する独特の建築様式だ。土楼という名の通り土を固めて建てられており、12世紀から20世紀にかけて主に客家の人々によって守られてきた。壁の厚さは1メートル以上もあり、中庭の周囲に3層から5層の建物が円を描いている。各土楼には80家族以上の人が住んでおり、600人以上も暮らしていた巨大なものもある。

 3000軒以上残されているという土楼だが、その代表的なもの一つが永定県にある承啓楼。明の崇禎年間(1628年〜1644年)に着工し、1709年に完成したといわれている、直径73メートルの4層の建物だ。外側はシンプルな形だが、堅牢さと重厚さを感じさせる。しかし、一歩中に入ると思ったより明るく、複雑に入り組みながらも解放感がある。今は、かつてのような共同生活はされていないようだが、引き続き土楼に住んでいる人もいて昔の生活を想像させてくれる。住民の手揉みのお茶などを買うのも楽しい。

 しかし、アクセスが問題だ。今回は厦門から日帰りで訪れたので、とりわけその感が強かったのかもしれない。土楼を宿泊施設に改造したものもあるので、ここに1泊して「東洋文化の真珠」を体感するような日程を組めば、往復の長い道程も受け入れやすくなるだろう。土楼の周辺の農村を散策する時間も十分にとりたい。世界遺産に指定されて以来、インフラの整備は進んでいるようだったが、途中のトイレ休憩などのポイントは、十分なリサーチが必要と思われる。



福建料理のおいしさをたっぷり

 中国の旅には食べ物のおいしさも楽しみの一つ。海に面した福建省はアワビやナマコなど新鮮な魚介類はもちろん、温暖な気候に恵まれて果物も美味。味は比較的あっさりしていて口当たりが良い。「中国八大料理」の一つといわれる福建料理を香りの高いお茶といっしょに味わえば、食欲もさらに増してくるだろう。

 武夷山や厦門では、伝統芸能をモダンにアレンジしたエンターティンメントを楽しむこともできた。武夷山の「印象大紅袍」は、山々を借景に使った巨大な野外ステージに大がかりなセットとレーザー光線を多用したダイナミックな演出。客席全体が動いて場面転換するのも見事だ。ただし、日本語のくわしい解説はないので、ストーリーが追いづらいのが問題といえる。

 福建省の旅は、変化に富んでおり、上海などからのアクセスも便利。気候も良いので、冬の商品として大きな可能性を感じた。





取材協力:中国国家観光局
取材:宮田麻未、写真:神尾明朗