現地レポート:トルコ−伝統文化のトルコ相撲と古都の旅
トルコの新デスティネーション、古都エディルネ
迫力のトルコ相撲と歴史文化が魅力の素朴な街
東洋と西洋、イスラムとキリスト、過去と現代――。いくつもの架け橋を持つトルコの新しい魅力を探りに、地方の古都エディルネを訪れた。そこでは従来とは違った趣味性の高い、目的志向の強いツアーの素材を見つけることができた。トルコ旅行の新しいアクセントになりえる。
新しいデスティネーション探し
トルコ観光の訪問地としては、イスタンブール、カッパドキア、イズミル、アンカラなどが定番として知られている。こうした有名地を組みあわせた周遊旅行が、トルコのパッケージツアーの主力となっている。イスタンブール1都市滞在でのフリースタイルのツアーも増えているが、日本ではこうした観光地以外の印象が少ないのが現状だ。「いつも同じ」というイメージを抱かせるラインナップしかされないようでは、どんなに魅力的なデスティネーションも先細ってしまう。リピーターを育てる、付加価値を提供するなどのアクションをし、リピーターや従来とは異なった客層にも訴えられるようなトルコ旅行の実現をめざして、新しい訪問地の開拓をしてはどうだろうか。
そこで今回は、古都エディルネに焦点をあてた。トルコ西部の国境沿いにある小都市だが、オスマン帝国時代の14世紀には首都が置かれ、宮殿やモスクが築かれた場所だ。特に注目したいのが毎年6月末から7月上旬にかけて、トルコの国技である「ヤール・ギュレシ」(オイル・レスリング:トルコ相撲)の全国大会が催される街であること。歴史と文化に彩られた街でもあるのだ。
トルコの国技、ヤール・ギュレシ
トルコ語で「オイル・レスリング」を意味するヤール・ギュレシは、650年の伝統を持つトルコの国技。トーナメントは主要なものだけでも全国で年間40試合ほど開かれているが、毎年6月下旬から7月上旬ごろにエディルネで開催される全国大会は、オリンピックのような意味を持つという。参加者の人数は総数で、なんと1500人以上。この時期、エディルネにはヤール・ギュレシをひと目見ようと全国から観光客が集まり、宿泊施設を確保できなかった人々は、公園はもちろん道路の中央分離帯や墓地に寝泊まりする。それほどまで、人々を夢中にさせるのだ。
ヤール・ギュレシは相撲とレスリングをあわせたような競技で、基本的な勝敗のルールは仰向けに倒されると負け。全身に塗られたオリーブオイルのせいで相手を掴みにくく、勝つためにはとんでもない腕力が必要となる。日光を浴びて輝く筋肉の動きは、見ていて美しさを感じるほどである。
大会は3日間にわたり、朝の9時からはじまって12時間は続けられる。ひとつの試合は早いと数分で勝敗がつくが、実力が伯仲していると40分以上も続く。太陽が照りつけ、フィールドは40度近い暑さとなる中、オイルで掴みにくい相手をねじ伏せるのだから、過酷な勝負といえるだろう。だからこそ、勝者は名誉を手に入れられるのだ。
会場自体もユニーク。くるぶしほどの高さの草が生えた野外競技場で、まるで草原で戦っているかのように感じてしまう。観戦している客は宗教的な理由からか、ほとんどが男性。競技場には終日、黄色い声ならぬ、だみ声が響き渡っている。勝てばにこやかに拍手を送るが、負けるとかなり厳しいことをいっているようだ。ここまで熱くなれるのは、やはり国技だからだろうか。エディルネでの大会は年に一度のチャンスだが、従来とは異なるトルコの一面が感じられるという点で、おすすめの素材といえる。
1900年近い歴史を持つ街
さて、そんなエディルネの位置は、イスタンブールから西に約300キロメートル、約3時間の距離にある。ダウンタウンからギリシャとの国境までは約5キロメートル、同じくブルガリアとの国境までは約10キロメートルという国境沿いの街だ。メインとなる通りは2本、人口は13万5000人と今でこそ地方の小都市という印象だが、かつてはオスマン帝国の首都だった歴史を持つ。しかし、街の歴史そのものはもっと古く、ローマ帝国の皇帝ハドリアヌスがこの地を支配するため125年に建設したハドリアノポリス(アドリアノープル)が発祥だ。オスマン帝国の首都であった時代はおよそ100年だが、国境沿いに位置するため数々の紛争に巻き込まれ、時にはブルガリア領に、時にはギリシア領になるなど、波乱に満ちた歴史を刻んできた。
そのエディルネのランドマークともいえるのが、街の中心部の丘に建つ「セリミエ・モスク」だ。イスタンブールにある「アヤ・ソフィア」や世界遺産に指定されている「スレイマニエ・モスク」を設計した希代の建築家ミマール・シナンによるもので、1575年に完成した。アヤ・ソフィアを超える直径31.5メートルの大ドームを持ち、シナンの最高傑作という評価が定着している。内部は大ドームを支える8本の柱、それに架かる8つの連続アーチが、100以上も設けられた窓からの灯りに照らされ、軽やかな雰囲気を醸している。また、天井部分のアラベスクやイズニク製タイルなどの装飾も見応えがある。イスラム教は偶像崇拝を禁じているので、モスクなどの建築様式が発達したといわれている。ならば本当にトルコを理解するなら、セリミエ・モスクはぜひとも見ておきたい施設といえるだろう。
また、ベヤズット2世建築群とでも呼んだらいいのか、もうひとつの見どころがある。ここは15世紀に建てられたベヤズット2世モスクを中心に、学校や食堂、病院など当時の最高レベルの施設が集まったもので、現在は一部が博物館として開かれている。
ごく日常の暮らしがトルコ旅行の付加価値に
メインストリートの中央分離帯で、ユニークな像を見つけた。大きなフルーツバスケットの像だ。実はこれ、エディルネの名産品だという。農産物としてのフルーツではなく、フルーツの形をした石けんなのだ。オスマン帝国時代から続く名産品で、一時は途絶えてしまいそうだったが、地域の文化センターで作り方を教えたところ人気を呼び、現在では女性たちが家庭で作り、土産物屋などに卸すことで、経済的にも文化的にも成功しているという。見た目はリアルそのもの。傷んで変色した跡も再現されている。オリーブオイルからつくられた石けんを一旦削り、フルーツの形にあわせて再び整形し、色を塗って完成だ。時には虫除けのために、ハーブオイルや果実などを混ぜることもある。ちょっとしたスペースに飾ったり、クローゼットの中に入れて香水代わりとして使うそうだ。
エディルネの街並みは小さいが、イスタンブールのような大都市では出会う機会の少ない、ごく普通の人々の日常を見聞きできる。モスクでは礼拝のために訪れる人々を、バザールでは日用品を買い求める人々を、通りでは普段着の人々を見ることで、トルコに対して一段と深い共感を得られるのではないだろうか。また、歴史と文化の充実度はイスタンブールにも劣らない。通常のパッケージツアーでは飽き足らない歴史ファンや文化好きに向けて、エディルネ観光という付加価値で勝負できるツアーを設けてみてはどうだろうか。
迫力のトルコ相撲と歴史文化が魅力の素朴な街
東洋と西洋、イスラムとキリスト、過去と現代――。いくつもの架け橋を持つトルコの新しい魅力を探りに、地方の古都エディルネを訪れた。そこでは従来とは違った趣味性の高い、目的志向の強いツアーの素材を見つけることができた。トルコ旅行の新しいアクセントになりえる。
新しいデスティネーション探し
トルコ観光の訪問地としては、イスタンブール、カッパドキア、イズミル、アンカラなどが定番として知られている。こうした有名地を組みあわせた周遊旅行が、トルコのパッケージツアーの主力となっている。イスタンブール1都市滞在でのフリースタイルのツアーも増えているが、日本ではこうした観光地以外の印象が少ないのが現状だ。「いつも同じ」というイメージを抱かせるラインナップしかされないようでは、どんなに魅力的なデスティネーションも先細ってしまう。リピーターを育てる、付加価値を提供するなどのアクションをし、リピーターや従来とは異なった客層にも訴えられるようなトルコ旅行の実現をめざして、新しい訪問地の開拓をしてはどうだろうか。
そこで今回は、古都エディルネに焦点をあてた。トルコ西部の国境沿いにある小都市だが、オスマン帝国時代の14世紀には首都が置かれ、宮殿やモスクが築かれた場所だ。特に注目したいのが毎年6月末から7月上旬にかけて、トルコの国技である「ヤール・ギュレシ」(オイル・レスリング:トルコ相撲)の全国大会が催される街であること。歴史と文化に彩られた街でもあるのだ。
トルコの国技、ヤール・ギュレシ
トルコ語で「オイル・レスリング」を意味するヤール・ギュレシは、650年の伝統を持つトルコの国技。トーナメントは主要なものだけでも全国で年間40試合ほど開かれているが、毎年6月下旬から7月上旬ごろにエディルネで開催される全国大会は、オリンピックのような意味を持つという。参加者の人数は総数で、なんと1500人以上。この時期、エディルネにはヤール・ギュレシをひと目見ようと全国から観光客が集まり、宿泊施設を確保できなかった人々は、公園はもちろん道路の中央分離帯や墓地に寝泊まりする。それほどまで、人々を夢中にさせるのだ。
ヤール・ギュレシは相撲とレスリングをあわせたような競技で、基本的な勝敗のルールは仰向けに倒されると負け。全身に塗られたオリーブオイルのせいで相手を掴みにくく、勝つためにはとんでもない腕力が必要となる。日光を浴びて輝く筋肉の動きは、見ていて美しさを感じるほどである。
大会は3日間にわたり、朝の9時からはじまって12時間は続けられる。ひとつの試合は早いと数分で勝敗がつくが、実力が伯仲していると40分以上も続く。太陽が照りつけ、フィールドは40度近い暑さとなる中、オイルで掴みにくい相手をねじ伏せるのだから、過酷な勝負といえるだろう。だからこそ、勝者は名誉を手に入れられるのだ。
会場自体もユニーク。くるぶしほどの高さの草が生えた野外競技場で、まるで草原で戦っているかのように感じてしまう。観戦している客は宗教的な理由からか、ほとんどが男性。競技場には終日、黄色い声ならぬ、だみ声が響き渡っている。勝てばにこやかに拍手を送るが、負けるとかなり厳しいことをいっているようだ。ここまで熱くなれるのは、やはり国技だからだろうか。エディルネでの大会は年に一度のチャンスだが、従来とは異なるトルコの一面が感じられるという点で、おすすめの素材といえる。
1900年近い歴史を持つ街
さて、そんなエディルネの位置は、イスタンブールから西に約300キロメートル、約3時間の距離にある。ダウンタウンからギリシャとの国境までは約5キロメートル、同じくブルガリアとの国境までは約10キロメートルという国境沿いの街だ。メインとなる通りは2本、人口は13万5000人と今でこそ地方の小都市という印象だが、かつてはオスマン帝国の首都だった歴史を持つ。しかし、街の歴史そのものはもっと古く、ローマ帝国の皇帝ハドリアヌスがこの地を支配するため125年に建設したハドリアノポリス(アドリアノープル)が発祥だ。オスマン帝国の首都であった時代はおよそ100年だが、国境沿いに位置するため数々の紛争に巻き込まれ、時にはブルガリア領に、時にはギリシア領になるなど、波乱に満ちた歴史を刻んできた。
そのエディルネのランドマークともいえるのが、街の中心部の丘に建つ「セリミエ・モスク」だ。イスタンブールにある「アヤ・ソフィア」や世界遺産に指定されている「スレイマニエ・モスク」を設計した希代の建築家ミマール・シナンによるもので、1575年に完成した。アヤ・ソフィアを超える直径31.5メートルの大ドームを持ち、シナンの最高傑作という評価が定着している。内部は大ドームを支える8本の柱、それに架かる8つの連続アーチが、100以上も設けられた窓からの灯りに照らされ、軽やかな雰囲気を醸している。また、天井部分のアラベスクやイズニク製タイルなどの装飾も見応えがある。イスラム教は偶像崇拝を禁じているので、モスクなどの建築様式が発達したといわれている。ならば本当にトルコを理解するなら、セリミエ・モスクはぜひとも見ておきたい施設といえるだろう。
また、ベヤズット2世建築群とでも呼んだらいいのか、もうひとつの見どころがある。ここは15世紀に建てられたベヤズット2世モスクを中心に、学校や食堂、病院など当時の最高レベルの施設が集まったもので、現在は一部が博物館として開かれている。
ごく日常の暮らしがトルコ旅行の付加価値に
メインストリートの中央分離帯で、ユニークな像を見つけた。大きなフルーツバスケットの像だ。実はこれ、エディルネの名産品だという。農産物としてのフルーツではなく、フルーツの形をした石けんなのだ。オスマン帝国時代から続く名産品で、一時は途絶えてしまいそうだったが、地域の文化センターで作り方を教えたところ人気を呼び、現在では女性たちが家庭で作り、土産物屋などに卸すことで、経済的にも文化的にも成功しているという。見た目はリアルそのもの。傷んで変色した跡も再現されている。オリーブオイルからつくられた石けんを一旦削り、フルーツの形にあわせて再び整形し、色を塗って完成だ。時には虫除けのために、ハーブオイルや果実などを混ぜることもある。ちょっとしたスペースに飾ったり、クローゼットの中に入れて香水代わりとして使うそうだ。
エディルネの街並みは小さいが、イスタンブールのような大都市では出会う機会の少ない、ごく普通の人々の日常を見聞きできる。モスクでは礼拝のために訪れる人々を、バザールでは日用品を買い求める人々を、通りでは普段着の人々を見ることで、トルコに対して一段と深い共感を得られるのではないだろうか。また、歴史と文化の充実度はイスタンブールにも劣らない。通常のパッケージツアーでは飽き足らない歴史ファンや文化好きに向けて、エディルネ観光という付加価値で勝負できるツアーを設けてみてはどうだろうか。
古都との対比を楽しみたいイスタンブール
トルコ旅行の拠点のひとつ、イスタンブール。
エディルネ観光を含めたパッケージツアーを
造成した場合、最後にイスタンブールでの宿泊
を設けると、行程が非常に楽になる。また、エ
ディルネとの関連のある観光スポットもあるし、
東西の文化が融合し先進する都市を観光するこ
とで、エディルネとの対比が一段と引き立つ。
例えば「リュステムパシャ・モスク」。エディ
ルネのセリミエ・モスクを設計したミマール・シ
ナンによるもので、エジプト・バザールの一角に
位置する。絢爛豪華なものではないが、このモス
ク建造に導入された技術が世界遺産に指定されて
いる「スレイマニエ・モスク」建造に役立ったと
いう。礼拝堂内部は凜とした雰囲気が満ちており、
背筋が伸びる感じだ。
また、イスタンブールのアジアサイドにも足を
伸ばしてみてはどうだろう。人気の高い歌で知ら
れるウスキュダルの街並みは、ヨーロッパサイド
とはどことなく異なる。少し先の話となるが、
2012年または13年にはボスポラス海峡を横断する
海底鉄道トンネルが完成し、ヨーロッパサイドと
アジアサイドとの行き来が非常に早く、楽になる
予定だ。
なお現在、海峡横断のフェリー乗り場付近は、
地下鉄工事の影響で乗り降りのための駐車ができ
ない箇所が多い。「乙女の塔」へ行く場合も気を
つけておきたい。
取材協力:トルコ共和国大使館・文化広報参事官室(トルコ政府観光局)
取材:竹井智