取材ノート:米旅行業界の事例に学ぶ、今後の変動をどう乗り切るか

  • 2009年3月11日
 先ごろ、東京フォーラムにて開催された日本システム開発(NSK)の旅行業界ビジネスセミナーで、講師とした米旅行コンサルタントのフォーカスライトジャパンの日本代表である牛場春夫氏が「激変する日本の旅行業界」をどう生き残るか、米国の事例をあげつつレクチャーした。インターネットの普及にともなう“地殻変動”により変化する環境で、旅行会社はどのように対応していけばいいだろうか。


米市場では55%の旅行業者がオンラインビジネスを開始

 牛場氏によると、昨年度の米国の旅行市場規模は約25兆円。日本の23.5兆円に比べると少ない数字に見えるが、これは航空、ホテル、レンタカー、クルーズ、パッケージといった“純旅行商品”だけの市場だ。日本の数字は飲食や土産なども含まれた金額で、日本も米国と同じような方法で計算すれば、おそらく市場規模は6兆円程度と推測される。つまり米国は日本の4倍程度の大きさの市場ということになるが、この巨大市場が、1995年あたりからはじまったインターネットの一般普及にともない、大きな変遷を遂げ、かつ新たなパラダイム・シフトへの対応に迫られているという。

 インターネットの普及は、旅行業界のオンライン化を進め、米旅行業者の55%がすでにオンラインによる業務展開を開始。そのうち、レジャー、非管理法人旅行が3分の2を占める。法人旅行(TMC =Travel Management Company)は複雑な手続きにシステムが追いつかない現状がありながらもコストカットを迫られており、ほかの分野と比べて参入が遅いものの、徐々にオンライン化が進められている。

 オフラインで営業を続ける従来どおりの旅行会社を、牛島氏は「伝統的旅行会社」と表現。ただし、顧客の動向やコストカットだけでなく、効率化といった面でも、TMCとともにオンライン化が求められている。

 いまや米国だけでなく、欧州諸国でもオンライン旅行会社の台頭は目覚しい。特にヨーロッパではエクスペディアやトラベロシティといった米系オンライン旅行会社が地場の伝統的旅行会社をしのぎ、市場を席巻。日本やアジア諸国にも、確実にオンライン化の波は押し寄せている。

コミッションカットからゼロの変遷を得て1万4000社が淘汰

 オンライン化は、航空券やクルーズといったサプライヤーが気軽に市場に出るチャンスを作った。消費者はサプライヤーのウェブサイトからから商品を購入することができるようになり、「代理店」であった旅行会社とサプライヤーのどちらから商品を購入するか、消費者側が選ぶようになったのである。さらに1995年から緩やかにカットされてきた航空会社のベース・コミッションが、2002年には全廃されたことで、ゼロコミッションというパラダイム・シフトも余儀なくされた。

 そこで米旅行業界はコミッション以外で利益を得る新たなビジネス展開に直面する。これにはサプライヤーのバナー広告を自社サイトに貼り付けるといった広告収入や、情報面の強化といった方法で対応。しかし自社サイトに訪れた消費者が、値段など必要情報をチェックしたら、すぐにサプライヤーより安い旅行会社など別のサイトに飛んでいってしまう「スイッチング」をも生み出し、結局利益にはつながらない「共食い現象」が生じてしまった。

 コミッションカットから廃止までの1995年から2002年の間の変遷を見てみると、3万3000以上あったARC公認旅行会社数は2008年までに1万9000弱に減少し、反面オンライン旅行市場は0から1000億米ドル規模まで成長を遂げている。減少したARC公認旅行会社(日本のIATA代理店にあたる)のうち、資格を返上したもののほかに在宅での業態に転身したケースもあり、もちろん廃業したケースも含まれる。

 また、大手なら使用すればインセンティブが望めるが、中小だと使用料金がかかるだけのGDSも利用者が離れていく傾向が見られる。今のところ市場の4分の3はGDSを使用しており、今でも主要な予約ツールではある。だが、この先徹底的なコスト削減策をとる会社が増えてくれば、GDS離れももっと顕著になることが予想される。


各業態の対応−求められる自己改革、“旅行メーカー”へ

 ゼロコミッションの局面を迎え、旅行会社の基本的な業態が変化した米旅行業界において、それぞれの旅行会社は新たな戦略をもって生き残ってきた。ただし、すべての旅行会社に共通しているのは、旅行会社は“サプライヤーの代理店”という意識を捨て、それぞれに特徴のある旅行商品を売る“旅行のメーカー”とならなければいけないということ。旅行会社は価値ある旅行商品を製造するメーカーであり、その商品価値によって顧客を得るのでなければ、この先に迎える過渡期を生き残っていくのは難しいだろう。

法人旅行会社の場合
 一元的なデータ管理プログラムである「総合理法人旅行管理プログラム」の販売や、コンサルティングサービスの提供、会議やイベントなどすべてを含む商品を作成し包括契約するといった戦略が見られる。また、手数料収入モデルへと転換する企業もあり、それらにとって手数料は収入の大半を占めているという。M&Aによる規模拡大も戦略のひとつで、大手企業同士のM&AによるメガTMCも誕生した。

伝統的旅行会社の場合
 オフラインで業務をこなす伝統的旅行会社の場合、特定目的旅行に絞った新モデルを展開し、TMCのように手数料収入モデルへの転換は50%以下にとどまっている。というのも、手数料が発生することに対し客の同意を得ることができず、手数料のないエージェントに客を取られてしまうのだ。そのため、冒険的アクティビティなどに特化した専門スタッフを導入し、顧客サービスや専門知識による他会社との差別化をはかる必要も出てきた。自社商品に付加価値をつけるのである。

 伝統的旅行会社においても、マージンの多い複合レジャー商品の販売やコスト削減策がとられたが、なによりも人的なケアのある顧客サービスや個別対応といったヒューマンタッチを厚くすることで差別化をはかってきた。伝統的旅行会社ならではのサービスである。

オンライン旅行会社の場合
 オンライン旅行会社(OTA=Online Travel Agency)は、旅行グッズといった関連商品などの広告をサイトに載せるメディアハイブリッド型にビジネスモデルを変化させたほか、SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)や旅行レビューサイトなどへの露出を増やすことで旅行を計画している人へのアプローチをはかった。また、多くはレジャー、非管理法人旅行が占めていたが、法人旅行市場に参入する会社も増えた。10年余りで破竹の勢いで伸びてきたオンライン旅行だが、ここ数年でその勢いは鈍化し、現在は10%未満の伸び率だという。米国におけるオンライン旅行市場はすでに成熟しており、海外市場へ進出をはかる企業も多い。


取材:岩佐史絵