ワインとツーリズムで地域をめぐる-Japan Go Round塩川一樹氏の新たな挑戦
日本各地の宿泊施設を支援し、宿泊予約サイト「Relux」を立ち上げた後、塩川一樹氏は新たな挑戦の舞台として故郷の信州を選んだ。ワインとツーリズムを軸に、地域の人と文化を未来へつなぐ取り組みを進めるJapan Go Round。その原点には、“時間をかけて価値を育てる”という共通の哲学がある。観光業界を知り尽くした塩川氏が、なぜ今、地域に根差したワイン事業に挑むのか──その想いと展望を聞いた。
塩川 一樹 氏(以下敬称略) 新卒でJTBに入社し、団体旅行を担当しました。その後、リクルートで主に「じゃらん」で宿泊施設の営業・販促支援を行いました。その後トラベルズー・ジャパンを経て、Loco Partnersの創業メンバーの一人として、宿泊予約サイト「Relux」を立ち上げました。社会人になってからほぼ一貫して、宿泊事業者様の支援に携わり続けてきたことになります。
退任を決めたのはコロナ禍の最中です。仕事が過酷さを増す中で体調を崩し、志半ばで退任をしました。これからの生き方を見つめ直す時間ができ、前職を通じて各地の宿や地域と関わる中で、皆さんが地元に密接に関わってビジネスをされている姿を見てきましたが、「自分にも地元がある」ことに改めて気づき、そこで挑戦したいという気持ちが芽生えました。自分の両親が信州で農業を営んでいますので、そこに関わるような挑戦もしたいというのが、その1年間で思い至った心境でした。その想いを実現するため、Japan Go Round株式会社を立ち上げました。
塩川 Japan Go Roundは、本社を東京都中央区銀座、事業拠点は長野県東御市(とうみし)にも設け、着地型旅行事業(BtoC)と、宿泊事業者・地域観光支援事業(BtoB)、そして、2027年以降開業予定の会員制ホームワイナリー「La Maison Rustique(ラ・メゾン・リュスティック)」をシンボルとなる事業にしていきます。当初はワイナリー設立という夢からスタートしたのですが、仲間が自然と集まってきたことで、それぞれの得意分野を活かした複合的な事業へと発展しました。現在は約10名のチームで活動しています。
最初に事業化したのは、BtoB事業として宿泊・観光事業者様を支援する「Brand Strategy Studio」です。ホテル向けのマーケティング研修、温泉旅館組合の地域ブランディング支援、SNSを活用したコンセプト設計・運用など、長年お付き合いのあるクライアントからのご相談やご紹介を起点に、課題と目標を丁寧にヒアリングし、オーダーメイドの伴走支援を提供しています。
BtoC向けでは「Terroir Journey」という着地型ツーリズム事業の準備をしています。ちょうど観光庁の地域観光魅力向上事業に採択されたところでした。 東御市でワインアンバサダーを拝命しているメンバーや、その東御市に移住を決意したメンバーらを中心に、ワインや匠、文化を訪ねる小規模で上質な旅を提案していきます。有名観光地ではなく、私たちが拠点を置く長野県・東御のような、里山の美しい風景の中で、テロワール(地域に根差す風土)を感じられる体験を重視しています。
圃場整備のため、地中の巨石を撤去している塩川氏
塩川 ワインに惹かれるようになった原点は、あるお客様との出会いです。Relux時代、率直かつ建設的なご意見を頂戴し、その対応を丁寧に進める中、その御仁の鋭い洞察の背景にワインへの深い造詣―、たとえば地域への感謝やリスペクト、風土(テロワール)を愛する造り手の想いへの敬意があることを知りました。「なぜそこまで惹かれるのか」を理解したくて学び始めたことが、私のワインの入口でした。学びを重ねるうちに、その方は私にとって尊敬するメンターであり、恩人であり、いまでは人生を語り合える大切な友人へと関係が育っていきました。
エージェントとして宿泊施設の魅力を伝える仕事と、ソムリエが造り手の想いを汲み取り提案する仕事には、深い共通点があります。本業の理解を深めるために始めたワインでしたが、気づけばその奥行きにのめり込み、時間をかけて誰かの感動を支える営みとして、宿泊業と同じ地平にあると感じるようになりました。やがて私自身も、「できあがるまでに時間がかかるもの」に携わりたいと考えるようになったのです。
日本を代表するエッセイストでありワイナリー経営者の玉村豊男さんが主宰されている千曲川ワインアカデミーに参加したのも転機でした。地域のものづくりや農業の姿勢に触れ、「こういう人たちと関わる仕事がしたい」と強く感じたのです。
先日ドイツとイタリアを訪ね、ワインの醸造機械メーカーの方々に直接会いに行ってきました。ワイナリーという事業を通じて地域に貢献する以上、使用する機材も作り手の思想を知った上で選びたいと思ったからです。イタリアのベローナやフィレンツェでは、ワインを美味しくつくるだけでなく、訪れる人に心地よい体験を提供するという美意識を大切にする職人たちと出会いました。彼らは「いつでも日本から友人を連れてきてほしい」と言ってくれており、その交流を通じて、ワインという完成品を楽しむだけでなく、そのプロセスに関わる人々の思いを伝えることの大切さを改めて感じました。
旅行という仕事は、そうした出会いと体験を広げていくことができる。この業界で自分が培ってきた縁を、これからも多くの方に波及させていきたいと考えています。




