「今後の旅行業の人材育成」セミナーにJTB相談役田川氏が登壇、目指すべきは"コンシェルジュ型の旅行会社"
日本国際観光学会は、9月下旬に開催されたツーリズムEXPOジャパン内で、「今後の旅行業の人材育成」と題したセミナーを実施した。前半には、元JTB代表取締役社長で現在同社の相談役を務める田川博己氏による基調講演を、後半には観光学を専門とする神奈川大学国際日本学部島川崇教授、宝塚医療大学観光学部神田達哉准教授を交え、パネルディスカッションが行われた。
観光産業に求められる「人間力」
田川氏は冒頭で、ツーリズムを「人々の流れを創出し、交流・消費を促すとともに新たな価値観を創り出す活動」と定義した上で、新たな旅行業には「ツーリズム産業への脱皮」が必要と指摘。また、観光産業は"T&T"、トラベル(旅行)&ツーリズム(移動・交流)であるとし、このT&Tが豊かなライフスタイルを実現するものと自論を展開した。
続けて、2006年に成立した観光立国推進基本法の基本理念「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の重要性についても言及。「旅行会社は旅を作ってきたが、受け入れ側のことをあまり考えてこなかった」と指摘し、今後の旅行業にはまちづくりに参加できる能力を持った人材が必要と説いた。
加えて、観光まちづくりにおける重要なコンセプトは「観光力は人間力」と発信。人間力には、地域に対する「熱い思い=郷土愛」、市場に対する「洞察力」、「行動力」が根底にあると説明し、人間力によってしか地域活性化は図れないと人の重要性を強調した。
今後のツーリズム産業の人材に特に必要な能力を「マイナスをプラスに転じることのできる逆転発想など、柔軟な発想力や物語(シナリオ)の構想力」とした同氏は、「旅行会社の経営者には、是非人間力を増すための社員教育や人材育成をしてもらいたい」と期待した。
旅行会社の社員は、会社への愛着がない?
パネルディスカッションの冒頭では、島川氏が基調講演に触れ「観光が人間力であるならば、とことん人間が介在していかなければ旅行業の価値はなくなる」とデジタル化が進む業界に危機感を示した。
これに関連し、神田氏は「旅行業では、どんどん個人というものを前面に出すべき」と主張。アパレルブランドが等身大のモデルを起用することを例に「この人から物(旅行)を買いたい」と思わせることが有効だと説明した。ストーカー被害など、個人を前面に出すことへのリスクに対しては「本名である必要が全くない」とし、偽名で活動することを勧めた。
また、従来型の旅行会社に対しては「自社に愛着のある社員はどれだけいるのか」と疑問を投げかけた神田氏。大手ほど意思の統一は難しいとしたものの、会社としての一体感として一定の求心力・愛着が必要と示し、自社商品を使って旅行体験をする社員がほとんどいないことを一つの理由として、愛着は「ベンチャーやスタートアップの方が強い」とした。
これに対し、島川氏はベンチャーでも愛着があるのは創業メンバーなどの経営層だけで、現場メンバーは全く愛着はないと反論。神田氏は愛着への問題提起について、「トップや経営層の意思、考えが浸透しているか」が重要で、そのことが社員が納得して働けることに繋がると付け加えた。
一方、企業愛よりは従事する仕事愛が重要とした田川氏。自身も当時やりたい仕事があり日本交通公社(現JTB)に入社したと話しており、「この会社が好きよりも仕事が好きという方をどう育てるかが、これからのトップの仕事」と発信した。
続けて田川氏は、「(旅行会社は)ただ単に店頭でお客様に商品を案内する時代ではない」と述べ、今後目指すべきは欧州などで見られるようなコンシェルジュ型の旅行会社と強調。そのような海外の旅行会社は社会的な地位も高いことから、業界として地位向上の動きを求めており、加えて「究極には観光省を作ってもらいたい」と官民一体となった運動を期待した。