「ホテルが失くしてはいけないもの」 宿屋大学 近藤寛和氏
昨年末、弊社の看板講座である「プロフェッショナルホテルマネジャー養成講座」の11期で、MVPを受賞した荒木美幸さん(ヴィラフォンテーヌグランド東京有明マネジャー)をインタビューしたときに、私はこんな話をしました。
日本のホテル業界は、3つのことを失ってしまったと思う。ひとつは「働く楽しさ」、もうひとつは「笑顔」、そして3つ目は「プライドや矜持」です。ホテルマネジャーの皆さんには、この3つを取り戻すべく頑張ってほしいです。
なぜ「ホテルはプライドや矜持を失った」と感じているかというと、業界人仲間のKさんのSNS投稿で、「昔は職業意識の高い一流ホテルマンが沢山いたけれど、いつしか『誰でもできる仕事』と捉えられ『コスト』になった。バスの運転手もホテルマンも、お客さまは誰一人『誰でもいい』なんて思っていない。自分の乗るバスには信頼できる運転手であってほしいし、自分の泊まるホテルは一流のホテルマンであってほしいのに、企業側がそういう扱いをするようになってしまった」という投稿を目にして、私も「確かにそうだ」と思ったからです。
私自身も、「ゲストをさばく接客」や、クレームやコンプレインをもらわないように「当たり障りのないように、びくびくしながら接客しているホテルスタッフ」を多く見かけるようになったからです。
職人の矜持
職業意識という言葉で思い出したことがあります。私が社会人一年目のときに初めて「プレーントゥ(革靴)」を「REGAL銀座並木通り店」で買ったときの思い出です。その時に接客してくれた60歳くらいベテランの店員さんは、靴を選ぶのを手伝ってくれただけではなく、なんと私の目の前で靴墨を塗ってくれたのです。20分以上かけて・・・。その上、手入れ方法や履き方なども教えてくれました。つまり、「モノ」を売っているのではなくて、革靴を履きこなすという「コト」「ノウハウ」「ライフスタイル」を売っているのだなと感じました。
これこそが、職人の心意気です。
同じく30年くらい前のホテルには、こういった職人の心意気、矜持を持ったホテルマンが、どこのホテルに行ってもいらっしゃった。ゲストのニーズを先読みして動いてくれるベルパーソンもいたし、お酒のうんちくを語ってくれるバーテンダーもいました。それが、肌感覚ですが、極端に減ってしまったと感じるのです。いま、ホテル業界の離職が激しいですが、こういった尊敬できる、「ああなりたい」と憧れる「矜持をもったホテルパーソン」が極めて少なくなったことも原因の一つだと思っています。
Kさんの言う通り、接客を「コスト」としか捉えないホテル経営をしていたら、こんな「一見非合理な接客」は省かれていく一方ですから、当然の成り行きです。プライドを持って靴を売る職人のいる靴店が激減し、薄暗い店内にくたびれた箱が積み重ねられたディスカウントショップばかりになってしまうように、日本中のホテルが、ディスカウントショップ的な、「安いけど、安いなりの価値しかないですよ」というスタンスのホテルばかりになっていく予感がするのです。
職人の技術を高め、手間を掛けた結果、賃上げに
年が明けて、一月十一日に、業界人が集う新年会がありました。そこで、獺祭の桜井会長のミニ講演会がありました。獺祭は、初任給を21万円から30万円に引き上げたそうです。ユニクロも初任給30万円にするというニュースが今日流れましたが、ホテルも同様に賃金を上げるにはどうしたらいいかというテーマを考える会でした。獺祭がやってきたこと、それはデータドリブンの酒造りをすることで一人ひとりの「職人の技術を上げた」こと、もう一つは「手間をかけたこと」です。そうすることで、質も売り上げも上げていった。
翻ってホテル 。日本のホテル 業界が、この30年間にしてきたことは、職人を極力少なくして行ったことと、一手間かけることを省いてきたことではないか・・・、「それじゃあ給料上がらない」、私は率直にそう感じました。客数を減らしてでも、提供価値や質を高めて単価を上げていく。そうやって利益率と利益額を高め賃金を上げる、そんな方向を向いて進んでほしいと思います。
話は、冒頭の荒木さんに戻ります。私の発言に対し、彼女は首をかしげてこう呟きました。
「最初の2つは、本当にいまそうなんですが、3つ目のプライドについては、私は失ってはいないと思っています」
私は、彼女のこの言葉を聴いて、希望を感じました。と同時に、自分の見方には偏見もあったなと反省もしました。年末ニュースで流れたホテル日航新潟のTwitter担当者の「想像を絶する大雪ですから無理して来ないでください。キャンセルしてください。申し訳ないとも思わないでください。でも、また雪が落ち着いたら、ぜひまた新潟にいらしてください」というメッセージにも、ホテルパーソンの心意気を感じていました。
ホテルパーソンの皆様が、この「ホテルパーソンの心意気」を失わない限り、この業界はまだまだ頑張れるし、観光立国を牽引する主産業として大いに貢献できる魅力的な仕事にV字回復すると思います。
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1967年生まれ。ホテル業界の専門出版社であるオータパブリケイションズで記者を18年勤めた後に起業し、ホテル・旅館のマネジャーや経営者の育成を目的としたビジネススクール「宿屋大学」を運営。東京YMCA国際ホテル専門学校講師、立教大学観光学部兼任講師も務めている。