【弁護士に聞く】"マスクなし"乗車拒否の行政処分、宿泊施設と旅行会社の今後の対応は
「マスク拒否乗客を途中下車させたことで伊豆箱根バスが行政処分を受けたことを受けて、宿泊施設と旅行会社の今後の対応は?」
この行政処分のニュースは観光産業従事者にとっては衝撃的だったろう。政府方針に従った対応をとりながら、行政処分とはこれ如何にである。
もっとも、政府方針は国民への「お願い」という曖昧なものであり、法的拘束力はなく、法的拘束力付与へ向けた法改正の動きもなかったから、当然といえば当然なのかも知れない。道路運送法第13条は、乗合いバスのように不特定多数の旅客を相手に商売するバス会社には、厳しい運送引受義務を課している。同条にはコロナ禍に対応する運送引受拒否事由の定めはない。旅客との運送契約の内容となる一般乗用旅客自動車運送事業標準運送約款中にもマスク着用拒否旅客の運送を拒否できる規定はない。バス会社は、政府を筆頭にコロナ禍への対応の行政の不作為の犠牲になったとも言えよう。
なお、さらに深堀りすれば、道路運送法に基づき定められた旅客自動車運送事業運輸規則第49条4項には、「乗務員は、旅客が事業用自動車内において法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反する行為をするときは、これを制止し、又は必要な事項を旅客に指示する等の措置を講ずることにより、運送の安全を確保し、及び事業用自動車内の秩序を維持するように努めなければならない」という規定があり、旅客はこの乗務員の「制止」に従わなければならないとされている(同第53条)。いまや、健康上の正当な理由のない限り、バス車内でのマスク着用はいわば「公の秩序」に当たるので、乗務員はいきなり降車を求めるのではなく、マスク拒否旅客にマスク着用を拒否する理由を質すことで、着用拒否の健康上の理由がなければ、この規則に基づく「制止」が許されたとも言えるが、このような細かなことは運輸局の指導でもなければバス会社にも無理な話で、その意味でも行政の不作為の罪は重い。
旅館業法第5条の壁
さて、実は宿泊施設も旅館業法第5条により、原則空室がある限りは、宿泊拒否できないこととされている。厚労省は、遅ればせながら、1年前からコロナ禍に対応した同条の改正を目指しているが、障害者団体や各種患者団体、日本弁護士連合会の反対もあって、改正案がすんなりと国会上程されるか微妙な状況になっている。
したがって、宿泊事業者としては、マスク拒否の宿泊希望者に対しては、現行法を前提に何とかマスク着用をお願いするか、宿泊拒否する道筋を探すしかない。まずなすべきは、マスク着用拒否の理由を伺うことだ。健康上の正当な理由からマスク着用できないということであれば、宿泊を拒否する理由はないので、その際は他のお客様に対しては、マスクを着用されていない宿泊客は健康上正当な理由のあることを周知する努力をするとともに、不安を抱かせないように、食事の時間や大浴場の利用時間を他のお客様とは別にするようお願いする等の措置をとることになる。
問題は健康上の理由もない一種の「確信犯」の場合である。旅館業法第5条は地方自治体が宿泊拒否事由を定めることを認めている。例えば、東京都旅館業法施行条例(インターネットで「〇〇県旅館業法施行条例」で検索できる)第5条は、「宿泊しようとする者が、泥酔者等で、他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼすおそれがあると認められるとき」と「宿泊者が他の宿泊者に著しく迷惑を及ぼす言動をしたとき」は宿泊拒否できることとしている。コロナ着用拒否の客には、宿泊施設側が丁寧にコロナ禍におけるマスク着用の必要性を説けば、確信犯であればあるほど興奮されて頑なにマスク着用拒否の自説を展開する者が多いことから、その場合には「他の宿泊客に著しく迷惑を及ぼすおそれがある」ことを理由に宿泊を拒否しても許されるだろう。
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