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民事再生を経て再就任した近藤代表に聞く、ホワイト・ベアーファミリーの現在

旅行者に迷惑をかけない再生の道を模索
旅行事業を中心に再び上場を目指せる組織へ

 OTAという単語すら浸透していなかった90年代に、いち早くパッケージツアーの24時間ネット販売を開始したホワイト・ベアーファミリー(WBF)。業界のIT化のパイオニアとして、2006年には旅行業界で初めて経産省事業の「IT経営百選」最優秀賞を受賞している。そんな有望企業が民事再生法を申し立てて倒産したのがコロナ禍中の1年半前。しかし昨年10月には民事再生手続きを終結し、今年7月1日付で近藤康生氏が再度代表取締役に就任した。捲土重来を目指す近藤代表の思いとWBFの現在について伺った。(聞き手:弊社代表取締役社長兼トラベルビジョン発行人 岡田直樹)

近藤氏

-はじめに自己紹介からお願いいたします。

近藤康生氏(以下敬称略) 旅行ビジネスに関わるようになったのは約50年前。学生時代のサークル活動がきっかけです。冬はスキー、夏は沖縄旅行を楽しむ、そんなサークルでした。それでスキーツアーなどを通じて旅行ビジネスに関わることになり、会社を設立したのが1981年で、今年は創業41年目にあたります。今の学生のように起業して成功しようといった野望があったわけでもなく、仲間がいることだし会社組織にしてみようかという程度の軽い考えでした。振り返ってみると目的意識の低い創業でした。

 ビジネスを続けているうちに、旅行会社がいかに利益の薄い事業なのかが分かってきます。そこで何か収益力を上げる方法はないかと考えた末に、当時黎明期だったインターネットを活用することを思いつき、90年代の終わりにパッケージツアーのインターネット販売を始めました。時代より少々早すぎた面もあり、大きな成功を収めたわけではありませんでしたが、会社発展の基盤をある程度作るのには役立ったと思います。

-旅行業だけでなくホテルビジネスにも参入した目的は。

近藤 これも旅行業の収益性の低さを補うためです。ホテル事業に参入したのは今から15年ほど前です。初めは沖縄にある宿泊特化型ホテルを買収しました。その後、札幌のビジネスホテルと賃貸契約しました。いずれも目的は旅行商品の強化で、ランドビジネスに手を広げることでビジネス全体が順調に進みました。多いときで38軒ほどのホテルを運営していましたが、所有していたのは15軒ほどで、残りはオーナーさんから運営を委託された形です。

 ホテル事業をより拡大するきっかけになったのが沖縄・瀬長島のリゾート開発でした。魅力的な島があると知り合いから紹介され、3年ほどかけて準備を整え計画を練りました。地元の豊見城市の瀬長島観光拠点整備計画のコンペに通り、12年に温泉ホテルを開業しました。

-コロナ禍前には上場を目指されていたと思いますが。

近藤 2019年の時点では、2020年中に上場を果たしてWBFの新世紀の幕開けにしようと考えていました。公開株式引き受けの主幹事役になる予定だった証券会社と打ち合わせをし、2020年3月期決算の資料を提出して最終審査を受けようと段取りを組んでいたのですが、その前に民事再生法を申し立てることになってしまいました。

-民事再生法を申し立て、旅行事業とホテル事業を分けて、ホテル事業は星野リゾートさんにすべて移管したということでしょうか。

近藤 すべてではありません。まず沖縄の施設に関しては別法人で、こちらはあるファンドに全株を引き受けていただいたので、そちらの物件は元々の体制を引き継いだ組織が運営しています。

 一方で大阪以東の所有物件は民事再生のスポンサーである星野リゾートさんに譲渡する形になりましたが、改めて第三者に売却されたものもあります。さらにオーナーさんが別にいる物件などは、運営を星野リゾートさんに引き継がなかったケースもあります。

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