ホテルを造るの、もう止めませんか―宿屋大学 近藤寛和氏寄稿
箱根・強羅に、とても繁盛している高級旅館があります。強羅花扇(ごうらはなおうぎ)です。2館あるのですが、感染禍にもかかわらず、どちらも高稼働・高単価を維持しています。
この人気の理由の一つは、「質を犠牲にしてまで数を追わない」という経営方針にあります。宿泊業界では非常に珍しいのですが、強羅花扇は、稼働率によってスタッフ数を決めるのではなく、スタッフ数によって稼働を決めています。一般的なホテルや旅館は、お客さまの入り具合、稼働率によってスタッフのシフトを作ります。強羅花扇は、まったく逆の考えです。まず支配人が、出勤できる仲居さんの数を把握してシフトを作成する。すると、仲居さんの数が多い日もあれば少ない日もでてきてしまう。それが分かってから来館いただくお客さまの数を決める。よって、スタッフが少ない日は、どれだけ予約依頼が押し寄せようが、スタッフが無理なくハンドリングできる組数しか予約を受けないのです。
経営者としては、「儲けられるときに、その儲けを放棄する」ということですから、とてもつらい判断です。でも、短期的な収益を放棄しても、長期で考えたらリピート顧客が増え、高評価の口コミが増えて新規客が増える。単価も1泊2食で1人4万から 10万円ほど。高単価ゆえ利益額も増えて、給与も宿泊業界の平均よりもはるかに高い。スタッフの幸せが、オペレーションの質を担保し、それが顧客満足になって、収益につながる。この「サービスプロフィットチェーン理論」を実践して、繁盛旅館を創っています。
働くヒトは増えないのに、ホテルばかりが増える
最近、ホテル業界の方々と雑談すると、けっこうな頻度で、人材問題の話題になります。
「ホテルで働くヒトは増えないのに、ホテルばかりが増える」
という話題です。ホテルの専門学校に入学する学生も激減しています。親や高校の先生がコロナ禍を受けて「観光業界やホテル業界への進路を勧めない」理由が大きいです。以前は業界内での転職が多かったのですが、宿泊業界から出て行ってしまうヒトの数も増えている。業界に入ってくるヒトが減り、出ていくヒトが増えている。よって、就労人口は減る一方。なのにホテル開発は止まらない。私の古巣の『HOTERES』誌(2021年12月3日号)によると、445軒の開発案件が確認されたとのこと。
ホテルは、ハコを創っても、健全に運営しなければ価値を生みません。ずっと以前から、私は「開発される時点で、運営をどうしていくかを長期的に考えてほしい」と思っています。「どのくらいのレベルの人が何人くらい集められるか」を予測して、それに合わせてオペレーション設計をしていくという採用計画を、この少子高齢化の人材難時代に合わせて厳しめに行う必要があると思うのです(人が集まらないのなら、流行りのDXでローコスト省人材オペレーションにしていくとか・・・)。
しかし、そうは言っても、所有と運営が分かれていると、開発・所有する会社は、運営は運営会社に任せれば何とかなると思ってしまうのも仕方ないですし、運営会社も、運営ホテルの軒数を増やさないと売り上げは増えていかないゆえ、人材問題を脇に置いてでも無理して運営を受託してしまう・・・、悩ましい問題です。でも、開発の段階で「とにかく造っちゃえ。人の確保は、あとから考えればいい。きっと何とかなる」という甘い読みは、もう通用しないでしょう。この「運営」という部分を、企画段階でもっと真剣に熟慮しないと、見てくれだけかっこよくて中身の薄い、中身の酷いホテルばかりが出来上がる。ひいては、日本のホテル全体のサービスレベルは落ちていくばかりです。
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