【リクエストインタビューvol.1】先駆者に聞く、日本版DMOの課題とこれから―Intheory村木智裕氏
DMOの理想形は公益と共益の間
ロジックとセオリーに基づいた戦略を
村木 今となっては笑い話ですが、はじめはパンフレットなどに載せる写真の面積も等分割でという話でした。ですが、それでは効果的な施策を打つことはできません。海外の観光局や旅行会社、メディアの露出ノウハウも交えながら、個々の地域のためだけではなく、皆のためにやっているのだという戦略を伝え、徐々に理解してもらいました。
村木 当初は4Pの戦略に基づき、まずはプロダクトを作ろうとしました。しかし実際に地域を訪れてみると、「せとうちに外国人は来ないだろう」という冷めた空気だったのです。半年くらいチャレンジしましたがうまく行かず、先に需要を作らなければ現場は動かせないのだと理解しました。そこで、今度は私自身の立ち位置をプロモーション寄りに変えて、せとうちを世界に知られるデスティネーションにするために奔走しました。
世界で評価されるには旅行メディアの権威に取り上げてもらうことだと考え、「最近よく”SETOUCHI”という言葉を見るな」という状況を作るために様々な取り組みを行いました。その結果、グローバルメディアであるNew York Times の"52 Places to Go in 2019" の7位にせとうちがランクイン。それを日本のメディアが取り上げたことでせとうちDMOの活動が全国に認知され、潮目が変わったと思います。日本国内で取り上げられた記事の媒体価値を換算すると5億円以上になります。そのほか、3年間でナショナルジオグラフィックなどのグローバルメディアを含め1000回を超える露出を獲得していたと思います。
村木 広告を打つこともできますが、高コストになりますし、あくまで「広告」としてしか捉えられません。マーケティングは長期的な取り組みが必要なので、リレーションをベースとした戦略をきっちり進めながら、ここぞというときにお金を使うというのが正しいと感じています。New York Times のランキングはお金では買えないですしね。
そもそも広告出稿だけではなく「メディアとリレーションを作る」という概念を持っている事業者やDMOが少ないと感じます。以前ロンドンである旅行会社を訪問した際、置いてあるパンフレットのほとんどがゴールデンルート上のものだったのですが、1つだけ、とある地方旅館のパンフレットがありました。英語が堪能な女将が海外のメディアや旅行会社へ働きかけた結果、その旅館が認知されたという実例でした。
村木 役割の違いは明確にあります。広域DMOはプロダクト寄りのアクションを取るのは難しく、エリアが限定的なDMOは単体でプロモーションしても、特に海外の人には響きません。つまり、広域であるほどプロモーション寄り、狭い地域ほどプロダクト寄りの施策が適しているでしょう。
一方、京都のような成熟した観光地ではプロモーションはあまり必要ないので、プロダクト寄りの施策やオーバーツーリズム対策など、受け入れ環境の整備に注力すべきでしょう。また、CRMを活用して消費単価を上げることにマーケティングの機能を寄せた方が良いでしょう。ただし、これはあくまで既に人が訪れている地域が行う施策です。最近は流行りということもあり、認知度の低いエリアでもCRMの導入から入りたがるところも多いのですが……。
以前、ある地方都市の市長から「昔ながらの建物があるエリアに、写真しか撮らない外国人ばかり来て困る」という相談をされました。ですが、それはその都市のプロモーション方法に問題があったのです。日本風の建築が並び消費スポットの少ないエリアの写真をプロモーションに利用していれば、観光客はそれを目当てにやってきます。既に来ている観光客を分散させることはできないので、プロモーション時点で期待する観光客の層や動きをイメージしておくことが大事です。
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