「FSA」トップに聞く:アルパインツアーサービス代表取締役社長の芹澤健一氏
顧客と現地、それぞれと強固な信頼関係構築
次世代がいきいき働ける業界に期待
OTAの躍進などデジタル分野の話題に注目が集まりがちな昨今の旅行業界。しかしそのようななかでも、高い商品力や高品質なサービスで顧客の信頼を勝ち取り、販売力を維持・拡大している旅行会社は多い。本誌ではそのような会社を「フルサービスエージェント(FSA)」と定義し、その力や役割を業界の内外に紹介すべく、今年からインタビュー記事の掲載を開始した(第1回、第2回)。
第3回で取り上げるのは、登山ツアーの雄であるアルパインツアーサービス(ATS)。採用条件のはじめに「登山・トレッキングが好きな方」を掲げ、徹底的に「山」と向き合う同社の強みはどのように成り立っているのか。代表取締役社長の芹澤健一氏に話を聞いた。(聞き手:トラベルビジョン代表取締役会長 岡田直樹)
芹澤健一氏(以下敬称略) 1969年に日本人として初めてマッターホルン登頂を果たした芳野満彦がアルプス山麓のハイキングガイドをしたのが当社の起源。この年を創業とし、2019年で50周年を迎えた。1973年に法人登記した後は大阪、名古屋、福岡へ営業所を展開し、社員数も増えていった。現在は社員51名に、会長、社長、2名の取締役を含めて55名の態勢で、社員の平均年齢は43歳。平均勤続年数は12年なのでベテランが多く高齢化の波もきているが、当社のような専門特化型の旅行会社は経験値がものを言うので若ければいいというわけではないと思っている。
芹澤 1962年生まれの56歳で、2011年に社長に就任して今年で9年目。ATSの社長は私で4代目になる。20代で入社してから企画造成、営業販売、広告宣伝といった実務に携わってきた。当社は登山ツアーのパイオニア的ポジションにあると自負しているので、特に新商品の開発には力を入れてきたが、新商品を出すと市場に類似商品があふれて料金が下がるといったことの繰り返しで、若い頃は頭に血が昇ったものだ。しかしそうなるとまた闘志が沸き、新しいデスティネーションや新コースの開発に力が入った。
芹澤 愛着のある新橋という拠点はそのままで、オフィス内は木のぬくもりと香りを感じられる空間にデザインした。社員たちが撮影した大型の山岳写真を掲示することで、自分たちの仕事の舞台が山や大自然であることを社員が強く感じられる空間になっている。また、当社は対面で接客するスタイルなので、お客様と価値観を共有できる環境にしたいという想いもあった。創業50周年は通過点に過ぎないが、社員たちが伝統と誇りを再認識する意味でも今回の本社移転を決めた。
芹澤 当社のような専門特化型業者は得意分野に深く切り込み、それを受け止めてくれる顧客層を大切にすること、そしてそうした潜在顧客を探し続けることが会社存続と発展の基礎だと考えている。例えばご夫婦で年に何度も5、60万円するツアーに参加いただくといったケースは珍しくない。そうしたお客様がいることがどれほど有難いことか、マーケットがあってこそ成り立つ商売であることを強く意識して会社づくりをしてきた。
お客様はその山に登りたい、歩きたい、見たいという期待を込めて当社のツアーに参加されている。我々もその期待に全身全霊で応えたいという想いがあるから、相思相愛で成り立っているのだと思う。なぜこの会社を始めたのか創業者の芳野に聞いたことがあるが、ひと言「見せてあげたいからだよ」と言われた。これが原点だと思う。素晴らしい世界を一緒に歩き、一緒に登り、お客様に感動や喜びを与えたいという想いは、創業当時からぶれていない。