キーパーソン:JATA理事・事務局長の越智良典氏(前)

旅行会社は「確かな情報」でテロに対抗
安心と安全を確保し、確実なツアー催行を

─これまでに苦い思いをした経験はありますか

越智 忘れられない苦い思いをする事件には何度か遭遇している。20年以上前に丸の内海外旅行支店課長を務めていた時には、欧州でツアーバスにトラックが突っ込み、お客様と添乗員を亡くした。しかも添乗員は社員の義理の姉だった。また、海外旅行部長時代の03年にも中国でバス事故が起きて、3人のお客様を亡くした。

 海外で事件が起きた際には、そのままツアーを催行すべきか、どの段階で帰国すべきか、催行を中止したツアーはいつ再開すべきかなどの判断が難しい。勿論、お客様の安全が最優先だが、旅行会社としては利益を損なわないようにもしなくてはいけない。そのためには常に確かな情報を入手して、正しい判断をしなくてはいけない。ただでさえ多数のキャンセルが発生するなかで、質の低い情報をもとにツアーを続行または再開して、さらなる事故に遭っては会社が傾く。

 そして、情報に基づく判断を、社長から営業マン、店舗の接客スタッフまで、皆が徹底して守らなくてはいけない。海外旅行部長を務めていた頃は「シートベルトつきの海外旅行」を標語に、「本社が正しい判断を下すから、皆が一丸となって動いてほしい」とグループ全体に訴えていた。そこで03年からグループの危機管理担当のキーパーソンには、携帯電話に共同通信社の海外リスク情報速報メールが届くようにし、何かあれば一斉に動き出せる体制を整えた。すると1年から2年程度で、グループ内にリスク対策に向けた意識が浸透し始めた。

─「確かな情報」はどのように入手していましたか

越智 ロンドンに本社を置くコントロール・リスクス(CR)というリスク管理会社と契約していた。保険会社を母体とする警備会社なので分析力には定評があるし、スタッフには軍や警察の経験者だけでなく、元諜報員などもいて情報収集力は非常に高い。たとえば03年にイラク戦争が起きた時も、日本では「戦争は起きない」と言われていたが、CRに照会すると「起きる」と回答があり、「10月中にカタールの駐留米軍が10万人規模に増えたら100%戦争が始まり、1週間で終結する」といった具体的で信憑性の高いレポートが毎日のように届いた。

 そこで全国の危機管理担当者向けにセミナーを開催して、「3月に戦争が起きる。その代わりすぐに終結するから、その後は一斉に新聞広告でヨーロッパ旅行キャンペーンを始めよう」と呼びかけた。当時はそんなことを言っていたのは我々だけだったが、結果的に開戦日はCRの予測と3日しか違わず、ほぼ「当たり」と言える結果で、他社も含めて皆が驚いた。そんな経験を積み重ねるうちに、グループ全体が「本社の指示を信じよう」と考えるようになり、グループも自分も少しずつ意識が変わっていった。そのときの取り組みはテレビ東京のドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」で紹介された。