取材ノート:インバウンドのアプローチ、東京観光レップが見た現地情報

  • 2010年9月22日
 東京都は訪都外国人誘致政策の一環として、2004年から「東京観光レップ」を設置している。東京観光レップとは、現地の旅行業者に情報を提供し、東京関連の商品造成を促す「東京のセールスパーソン」で、海外在住期間の長い個人に委託。旅行業界経験者、通訳・翻訳者、コンサルタントなど様々な経歴の持ち主だ。現在は、旅行目的地としての東京の認知度が高くない地域や、日本の情報を入手しにくい地域として、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロンドン、ミュンヘン、ミラノ、マドリッド、パリ、シドニーの9都市で展開している。東京都では先ごろ「海外現地事情セミナー」を開催し、各地の東京観光レップがそれぞれの地域の旅行業界の特色や市場動向などを説明する機会を設けた。東京都への誘客のみならず、広くインバウンド関係者のヒントとなる内容も多い。


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「伝統」と「現代」を求める外国人旅行客
ターゲットにあった提案を


 各国の人々は、日本のどのような面に興味をもっているのだろうか。観光レップによると、各国での日本の伝統文化や自然に対する関心は強く、特に桜の人気は高い。オーストラリアにいたっては、桜の時期はどのツアーも満席だという。また、イタリアではヨーロッパで盆栽が一番売れているといわれており、盆栽のほか着物、食、茶道などが機内誌で多く取り上げられるほど日本の伝統文化への関心が強い。さらに最近はエコカーやロボットなどの最新技術やデザインにも注目が集まっている。

 また、日本のポップカルチャーも多くの地域の若者に浸透しつつある。イギリスでは英訳された日本の漫画が、一般的な書店で販売されているほど馴染みが深い。スペインでは「マンガサロン」が各地で催されるほどの人気で、若者の訪日動機の原動力となっている。

 東京都産業労働局観光部シティセールス担当課長の谷理恵子氏が「東京の魅力は伝統と現代が共存し隣りあわせにあるという点」というように、東京には外国人が求める観光素材が数多く揃っているため、各地域では旅行業者の多くが東京都の観光に関心を寄せている。ただし、ロンドン在住の観光レップの大野耕平氏は「現地の旅行業者が何をしたいのかを聞き、その切り口にあわせていかないとうまくいかない」と注意を促す。選択肢が広いだけに「日本側のペース」ではなく、現地側のターゲットにあわせた提案や営業が求められている。


富裕層獲得の鍵は現地の旅行業者
ファミリー層にはひと工夫を


 「富裕層」はどの観光レップからも、今後の集客が見込める客層としてあげられた重要なキーワード。ただ、その特色は各地域によって異なっているため、現地で富裕層をターゲットとした営業活動を展開する際には、その国の富裕層を取り扱う旅行業者の特徴をおさえる必要がある。

 例えばニューヨークでは、テーラーメイドの個人旅行を取り扱うハイエンドの旅行業者が増えており、「バーチュオソ」や「シグネチャー」といった富裕層をターゲットとするコンソーシアムが存在する。これは旅行業者のほか航空会社やレストラン、ホテルなどと組織するもので、このような旅行業者と取引をする場合には、同じコンソーシアムグループに加盟していなければならない、という条件が課されることが多い。また、スペインでは貴族の顧客をもつなど単価がより高い「豪華旅行」専門の旅行会社が存在しているが、アジアに対してはまだ取り扱いがない旅行会社もあるという。

 また、アメリカとフランス在住の観光レップからはファミリー層に注目すべきとの意見が聞かれた。この層を取り込むには「14才以下は朝食を無料にする、2部屋予約なら子供用の部屋は半額にする」といった欧米風のファミリープランの設定がポイントとなるようだ。フランスの観光レップである小泉範里子氏は「親と子の寝室を分けることがデファクトスタンダード」であるため、「コネクティングルームの手配が必要」と指摘した。


多言語化、情報不足が今後の課題
積極的なアプローチで機会拡大を


 セミナーでは、日本側に対する現地旅行業者の要望も紹介された。とりわけ、多くの観光レップが情報不足をあげていた。旅行業者は商品造成などで他社との差別化をはかるため、最新のホテル事情や年間イベント情報、パンフレットに使用できる無料画像といった資料や画像を必要としているという。また、旅行業者や顧客向けの資料について「せめて情報の英語化を」という声が聞かれたが、英語が話せる旅行客が多いイタリアやドイツの顧客からは、より安心感がある「母国語対応を」という要望が多く寄せられた。

 現地の旅行業者からは新たな商品や日程の提案、ピーアールといった、日本側からの積極的な働きかけも求められている。特に、旅行業者の販売活動の動機付けとなるよう、どの地域でもインバウンドレートの設定やコミッション、インセンティブの付与が期待されているという。

 魅力ある東京、さらには日本全体のインバウンドを盛り上げていくためには、こうした「積極性」が重要となる。東京観光レップのように、現地業者とインバウンド業界関係者をつなぐ仕組みの構築と活用が、インバウンドの今後のさらなる発展には不可欠だろう。



旅行業者の定義、各地で異なる
欧米でもオンライン旅行会社が躍進

 各観光レップは、担当地域の旅行業者の形態についても説明。旅行業者の形態は各地
域によって異なるだけでなく、各国の言葉の定義も変わってくるため、現地の旅行会社
にアプローチをする場合には注意が必要だ。

 例えば、イタリアやフランスではホールセラ
ーの定義はなく、その代わりにツアーオペレー
ターがツアー造成をしている。フランスではツ
アーオペレーターが同時にホールセラーの役割
をしているとは限らないものの、近年は旅行会
社のように消費者に直接販売をするツアーオペ
レーターが増えているという。また、アメリカ
ではホールセラーという言葉はあるものの、最
近では「ツアーオペレーター」との区別が曖昧
になりつつあり、フランスと同じくツアーオペ
レーターが直接消費者を取り込む傾向にある。

 一方、日本と同じようにオンラインの旅行会社は多くの地域で増加している。大手9社が
マーケットの50%を占めるというスペインでは、そのうち3社がオンライン専業となっ
ている。また、シドニー観光レップの栩野勝治氏が紹介したデータによると、2006年7月
から翌年6月までに海外旅行を店舗のカウンターで申込をした人は57%だったが、イン
ターネットで予約をした人は36%にのぼったという。

 ただし、日本など遠隔地への旅行の予約の場
合は、必ずしもオンライン化が進んでいるとは
いえないようだ。例えば、ドイツのオンライン
市場は活発であるものの、「低価格帯、少人数
の旅行で高いシェア」に集中している。ニュー
ヨーク在住の東京観光レップの平井亜紀氏も、
「日本のようなエキゾチックなデスティネーシ
ョンは、旅行会社やツアーオペレーターを通し
て予約をするケースがまだまだ多い」と傾向を
説明した。



取材:安井久美