取材ノート:アジアツーリズムの将来−成長のキーワードはツーウェイ、環境、航空施策
今年のJATA国際観光会議は、「アジアツーリズムの新しい潮流を検証」と題して3日間にわたり開催された。初日の基調パネルディスカッションでは「激動のアジアツーリズムと各国の観光戦略」をテーマに、シンガポール、タイ、日本の観光行政トップが登壇。旅行者数の増加と観光地の環境破壊のジレンマ、新型インフルエンザなどに対する危機管理など、急速に拡大するアジアの旅行市場で直面する課題に、各国政府はどのように向き合い、自国の観光産業の発展をめざすのか――。
モデレーターを務めたのは、JATA−VWC2000万人推進室室長の澤邊宏氏。パネリストはシンガポール政府観光局局長アウ・カーペン氏、タイ国政府観光庁理事長ウイーラサック・コースラット氏、国土交通省観光庁長官の本保芳明氏だ。
サステナブルツーリズムは必須
旅行市場の拡大、つまり旅行者の増加は、環境への負荷が増えることを意味する。「サステナブルツーリズム」の言葉が定着したこと自体、裏を返せば旅行が環境を破壊する性質を持つことの表れだ。旅行振興と環境保全をいかに両立するかは、各国の観光行政にとって大きなジレンマだろう。しかし、「観光がもたらす経済効果と環境保全は両立が可能か」との澤邊氏の問いに対してパネリスト3名は、全員一致して「両立しない選択肢はない」と断言。本保氏は「問うまでもない。自らの拠って立つ観光資源を壊してどう成長するのか」と述べ、環境対策を大前提とする。カーペン氏も、「選択肢はない。数十年を見越した計画が必要」と語った。
サステナブルツーリズムの鍵となるのは、「地域との連携」との意見も共通する。「観光業はしばしば、地域にとってアウトサイダーとなる。観光が地域の発展にどう影響するかを考えるべき」と本保氏。また、澤邊氏は「将来を見据えるには旅行業界と行政との連携がさらに重要になる」と指摘した。
危機管理では情報の共有を
新型インフルエンザに打撃を受けた今年。旅行市場が拡大する中で危機管理の重要性も増すが、カーペン氏は「アジアはSARSの教訓で学んだ」とし、SARSの際よりも適切な対応ができたと自信を見せる。その上で、「流行の予測はむずかしい。自国の教訓を近隣国と共有し、起きた事態に対して即効態勢が取れるように」と協力を訴えた。コースラット氏は具体的に、「インターネット、ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)を活用し、混乱時期に正しい情報を伝える努力を。フラストレーション軽減のポイントはコミュニケーション」と指摘。本保氏は、「新型インフルエンザでは、自治体などと連携がとれなかった結果、風評被害が各地に影響した。国内だけでなく国際的にも、マスコミ対応を含めた統一的なアクションが必要」と述べた。
ツーウェイツーリズムの可能性と意義
本保氏が「他国の観光当局と比較して、アウトバウンドに力を入れている」と語るとおり、日本の観光庁はツーウェイツーリズムを重要視している。もともと貿易黒字への批判を解消するためにアウトバウンドを伸ばそうとした経緯もあるものの、本保氏は「国際理解」や「平和外交」といったキーワードを挙げ、「今後も双方向の観光交流をめざす」との方針を明示。「インバウンドを伸ばすにはアウトバウンドによる国際理解の推進が不可欠」であり、「お互いにメリットを持つことで初めて成果といえる」との考えだ。インバウンドでは、世界から憧れを持たれる「プレミアム・デスティネーション」として、日本ブランドの確立に注力する。アウトバウンドでは、教育機関と連携して若年層向け対策を講じる。
一方、シンガポールとタイのアウトバウンドは順調で、カーペン氏は「特にプロモーションをしなくても自然にツーウェイツーリズムが実施されている状況」という。日本の旅行業界にとってはうらやましい話だが、タイの出国先ではマレーシア、ラオス、中国に次いで、日本が4位にランクイン。「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)が成功しているようだ」とコースラット氏は分析した。低迷中のインバウンドに対しては、「アメージング・タイランド」に加えて「アメージング・バリュー」を提唱。ディスカウント料金の提供や商品バラエティの多様化による新たなブランド構築で、挽回をはかる。
澤邊氏は、昨年から今年にかけては通貨価値変動により、インとアウトのバランスに乱れが生じた点を指摘したが、各国とも、通貨変動が観光に及ぼす影響は懸念すべきほど大きな問題ではないとの見方だ。本保氏は「通貨が安定して双方向の観光交流ができるのは理想だが、時にそうでなくても問題ない。たとえば日本と韓国ではウォン高、ウォン安の時期に一方的な人の流れが起きたが、総合的に相互理解が深まれば、将来的にツーウェイツーリズムは成功する」とする。コースラット氏も「一ヶ国の通貨が下がっても、多数の国から観光客を迎えることで対応できる」と述べ、マーケット多様化への方策として、関税撤廃措置をあげた。カーペン氏は、「重要なのはアジア全体の経済成長。所得が増えれば旅行者も増える」とした。
LCCは「パラダイムシフト」
旅行者数には航空座席数の増減が密接に関係する。特に格安航空会社(LCC)の影響力は、今後の日本の旅行市場を占う上でも重要なヒントになるだろう。すでに、東南アジアではエア・アジアをはじめとするLCCが市場を席巻し、空の旅の大衆化が進んでいる。コースラット氏は「LCCは旅行の新しいパラダイム」との見解で、カーペン氏も同調。カーペン氏は、「LCCは一つの現象であり、そういう時代が来たということ。ネットワークも拡大し、乗継など利便性も向上している」と指摘した。また、「LCCが爆発的に増加する一方、お金のある人はプライベートジェットを使う。既存のフルサービスエアラインが今後どうなるかは興味のある問題」と語った。
一方、本保氏は「LCCとその他の航空会社の関係がどうなるのかわからない」と前置きし、「大事なのは、プライベートジェットを含めたさまざまなキャリアを、有利なコストで最も効果的に使えるようなシステムを作っていくこと。LCCと既存のキャリア、どちらかに偏るのではなく、チャーターフライトも含めて利用しやすい方向性が重要」と、課題を示した。
モデレーターを務めたのは、JATA−VWC2000万人推進室室長の澤邊宏氏。パネリストはシンガポール政府観光局局長アウ・カーペン氏、タイ国政府観光庁理事長ウイーラサック・コースラット氏、国土交通省観光庁長官の本保芳明氏だ。
サステナブルツーリズムは必須
旅行市場の拡大、つまり旅行者の増加は、環境への負荷が増えることを意味する。「サステナブルツーリズム」の言葉が定着したこと自体、裏を返せば旅行が環境を破壊する性質を持つことの表れだ。旅行振興と環境保全をいかに両立するかは、各国の観光行政にとって大きなジレンマだろう。しかし、「観光がもたらす経済効果と環境保全は両立が可能か」との澤邊氏の問いに対してパネリスト3名は、全員一致して「両立しない選択肢はない」と断言。本保氏は「問うまでもない。自らの拠って立つ観光資源を壊してどう成長するのか」と述べ、環境対策を大前提とする。カーペン氏も、「選択肢はない。数十年を見越した計画が必要」と語った。
サステナブルツーリズムの鍵となるのは、「地域との連携」との意見も共通する。「観光業はしばしば、地域にとってアウトサイダーとなる。観光が地域の発展にどう影響するかを考えるべき」と本保氏。また、澤邊氏は「将来を見据えるには旅行業界と行政との連携がさらに重要になる」と指摘した。
危機管理では情報の共有を
新型インフルエンザに打撃を受けた今年。旅行市場が拡大する中で危機管理の重要性も増すが、カーペン氏は「アジアはSARSの教訓で学んだ」とし、SARSの際よりも適切な対応ができたと自信を見せる。その上で、「流行の予測はむずかしい。自国の教訓を近隣国と共有し、起きた事態に対して即効態勢が取れるように」と協力を訴えた。コースラット氏は具体的に、「インターネット、ソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)を活用し、混乱時期に正しい情報を伝える努力を。フラストレーション軽減のポイントはコミュニケーション」と指摘。本保氏は、「新型インフルエンザでは、自治体などと連携がとれなかった結果、風評被害が各地に影響した。国内だけでなく国際的にも、マスコミ対応を含めた統一的なアクションが必要」と述べた。
ツーウェイツーリズムの可能性と意義
本保氏が「他国の観光当局と比較して、アウトバウンドに力を入れている」と語るとおり、日本の観光庁はツーウェイツーリズムを重要視している。もともと貿易黒字への批判を解消するためにアウトバウンドを伸ばそうとした経緯もあるものの、本保氏は「国際理解」や「平和外交」といったキーワードを挙げ、「今後も双方向の観光交流をめざす」との方針を明示。「インバウンドを伸ばすにはアウトバウンドによる国際理解の推進が不可欠」であり、「お互いにメリットを持つことで初めて成果といえる」との考えだ。インバウンドでは、世界から憧れを持たれる「プレミアム・デスティネーション」として、日本ブランドの確立に注力する。アウトバウンドでは、教育機関と連携して若年層向け対策を講じる。
一方、シンガポールとタイのアウトバウンドは順調で、カーペン氏は「特にプロモーションをしなくても自然にツーウェイツーリズムが実施されている状況」という。日本の旅行業界にとってはうらやましい話だが、タイの出国先ではマレーシア、ラオス、中国に次いで、日本が4位にランクイン。「ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)が成功しているようだ」とコースラット氏は分析した。低迷中のインバウンドに対しては、「アメージング・タイランド」に加えて「アメージング・バリュー」を提唱。ディスカウント料金の提供や商品バラエティの多様化による新たなブランド構築で、挽回をはかる。
澤邊氏は、昨年から今年にかけては通貨価値変動により、インとアウトのバランスに乱れが生じた点を指摘したが、各国とも、通貨変動が観光に及ぼす影響は懸念すべきほど大きな問題ではないとの見方だ。本保氏は「通貨が安定して双方向の観光交流ができるのは理想だが、時にそうでなくても問題ない。たとえば日本と韓国ではウォン高、ウォン安の時期に一方的な人の流れが起きたが、総合的に相互理解が深まれば、将来的にツーウェイツーリズムは成功する」とする。コースラット氏も「一ヶ国の通貨が下がっても、多数の国から観光客を迎えることで対応できる」と述べ、マーケット多様化への方策として、関税撤廃措置をあげた。カーペン氏は、「重要なのはアジア全体の経済成長。所得が増えれば旅行者も増える」とした。
LCCは「パラダイムシフト」
旅行者数には航空座席数の増減が密接に関係する。特に格安航空会社(LCC)の影響力は、今後の日本の旅行市場を占う上でも重要なヒントになるだろう。すでに、東南アジアではエア・アジアをはじめとするLCCが市場を席巻し、空の旅の大衆化が進んでいる。コースラット氏は「LCCは旅行の新しいパラダイム」との見解で、カーペン氏も同調。カーペン氏は、「LCCは一つの現象であり、そういう時代が来たということ。ネットワークも拡大し、乗継など利便性も向上している」と指摘した。また、「LCCが爆発的に増加する一方、お金のある人はプライベートジェットを使う。既存のフルサービスエアラインが今後どうなるかは興味のある問題」と語った。
一方、本保氏は「LCCとその他の航空会社の関係がどうなるのかわからない」と前置きし、「大事なのは、プライベートジェットを含めたさまざまなキャリアを、有利なコストで最も効果的に使えるようなシステムを作っていくこと。LCCと既存のキャリア、どちらかに偏るのではなく、チャーターフライトも含めて利用しやすい方向性が重要」と、課題を示した。