旅のテーマ:アニメの舞台を訪ねる(1)スイス、ハイジの世界

  • 2009年4月13日
 映画を見て、小説を読んで、「この場所を訪ねてみたい!」と思ったことがないだろうか。イメージの追体験は旅の大きな動機づけだ。子どもの頃に見たアニメのワンシーンが、今でも脳裏に鮮明に残っているという人は少なくない。自分で好きな場所に行けるようになった大人が、大切な心の風景に出会うため、旅に出かける。世界にはそんなデスティネーションがいくつもある。


日本人旅行者が大挙して訪れる町

 チューリッヒから特急と普通列車を乗り継いで約2時間。直通列車がほとんどないような小さな町マイエンフェルトに、毎年多くの日本人がやってくる。スイス政府観光局によると、2008年の日本人の延べ宿泊数は600泊以上。チューリッヒとサンモリッツ(東部の有名な山岳リゾート)の途中にあるので、数多くのツアーに組み込まれており、日帰りで訪れる人もかなりの数にのぼる。約2500人の町の人口より、1年間に訪れた日本人旅行者のほうが多いかもしれない。

 マイエンフェルトは、全世界で累計5000万部も発行され驚異的なロングセラーを誇る『アルプスの少女』の物語の舞台。1974年に日本で放映されたアニメは、その後何度も再放送され、その都度ファンを増やしていった名作だ。この作品に携わったのが高畑勲や宮崎駿という、現在の日本アニメ界の巨人であったこともあるが、制作のために現地に行き、その風景を忠実に再現した画期的な作品ということでも高い評価を受けている。原作者のヨハン・シュピリは子供の頃にこの周辺で何度か夏を過ごし、その経験をもとに作り上げた。今でも世界中で愛読されており、実写版の映画も何度か作られている。しかし日本では圧倒的にアニメのイメージが強い。

 マイエンフェルトは緑深い山に囲まれた静かな町で、町並みはアニメで描かれている世界そのもの。世界中から訪れるハイジファンのために、町にはハイキングコースが整備されていて、のんびり歩いて町が巡れるようになっている。コースは2つあり、「赤コース」は1周2時間ほどの平坦なコース。途中には「ハイジの泉」や「ハイジハウス」など、ハイジゆかりの見どころがある。「ハイジハウス」にある「わらのベッド」はアニメファンには必見のポイント。町には「わらのベッド」を備えた宿泊施設もある。


アニメの世界を追体験

 ハイジの世界にさらに近づきたい人は、もうひとつ「青コース」を歩くといい。「ハイジハウス」から標高差600メートルほどを登るので、それなりにハード。山道をひたすら登っていくと、やがて森が途切れ視界の広がるアルプ(牧草地)にたどり着く。すると眼の前に「アルムおんじの小屋」が遠くに見えてくる。アニメのイメージそのままの山小屋がアルプに立っている風景はちょっと感動的だ。振り返れば、眼下のマイエンフェルトの町とそれを囲む山々の美しいパノラマが広がる。この小屋、実は「ハイジヒュッテ」という名前の小さなレストラン。近づくと、そこには「おんじ」の姿はなく、放牧されたヤギもいないので、ちょっとがっかりするかもしれないが、素晴らしい景色を眺めながらビールを飲めば気分は爽快に。

 広々としたアルプ、そこに響くカウベルの音、そして遠くにそびえる白いアルプス――。このアニメを見て、自分の中にスイスアルプスのイメージを作り上げた人は多い。実は物語の舞台であるマイエンフェルトは、それほど標高が高くないため、山の上に登ってもまだ森林限界の下。ここで広いアルプの風景をここで見ることはできない。しかし場所を変えれば、アニメのイメージ通りの風景と出会える場所がたくさんある。『アルプスの少女ハイジ』で作られたスイスのイメージ。それを裏切らないのが、スイスが日本人のデスティネーションとして根強い人気を誇る理由だろう。