取材ノート:2000万人達成に向けたVWCの可能性−JATA国際観光会議基調講演
VWC2000万人推進特別委員会委員長の佐々木隆氏、VWC2000万人推進室室長の澤邊宏氏は、9月18日に開催されたJATA国際観光会議で基調講演し、ビジット・ワールド・キャンペーン(VWC)の意義を説明した。佐々木氏は日本の海外旅行市場の現状を分析し、海外旅行者数2000万人達成での社会的な影響、澤邊氏はVWCの具体的な戦略を改めて説明した。海外旅行市場の低迷と再拡大の可能性、そしてVWCでの旅行会社の役割を考える。
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◆VWC、2010年までに新しいビジネスモデルの構築を−市場は動く(2008/09/19)
▽市場分析、日本社会固有の問題とは
日本の海外旅行市場は減少傾向にある要因として、佐々木氏はテロやSARSなどで、海外旅行が魅力的なレジャーであるだけでなく、リスクをともなうと認識が変化し、その意識が消費者に根づいたという。特に、日本語を使用する社会環境において、「情報系が孤立」していることも、リスクを強く認識することが強固なものになっていると独自の分析を披露。例えば報道でも日本国内、あるいは日本語で伝えられる情報で完結するため、小さな声が大きく聞こえ、さらに繰り返し同じことが主張される結果、風評被害が発生する、と指摘する。また、急速に進む高齢化も日本の問題の一つという。佐々木氏が高齢者用の施設を見て回った体験を交え、「立派な施設だが、老人たちの目は希望を持たず暗かった」といい、こうした老人が全国に400万人、そしてその介護にあたる若者がいる環境では、報道の例とあわせて内向きになる要素が強いとみている。
若年層の海外旅行離れも課題だ。海外旅行がもたらす新鮮さを若者が感じられない、または求めていない可能性がある。さらに、日本社会で「富の偏在」が進んでいるとも指摘。日本の20代、30代の人たちが年収200万円前後であれば、旅行よりも将来の安定のためのささやかな貯蓄を優先するのは当然であることを示唆した。
▽VWCを取り巻く環境と可能性
VWCは、こうした社会的な状況がある中で、2000万人に向けてゆるやかな成長を描くことをめざす活動だ。1970年代や1980年代の社会的な成長路線への期待ができない中での取り組みとなる。佐々木氏は「小さな動きが全体を変えられるのか」という疑問があるものの、「日本の社会はツーウェイ・ツーリズム、交流によって自分たちが豊かになると確信しはじめている」と述べ、行政改革が進むなか、新たな行政府として観光庁が設立されること、インバウンド1000万人とあわせて、国が初めてアウトバウンド2000万人の目標を設定したことが、その確信を強くするものとした。
明るい材料は、悲観的な側面のある高齢化社会の到来でも「2000万人以上の元気で時間が自由に使える年金生活者」がおり、この中にはいわゆる団塊の世代800万人が含まれていること。ある調査では、お金の使い道として思い出を作ることを重視しており、用途の第1位は旅行だ。この世代が1年に数回、海外旅行を楽しめば、市場の拡大は可能であることを強調する。このためには、旅行市場が変わる必要があり、多品種少量生産の体制をつくり、同じデスティネーションでも様々な切り口の商品が揃うようにしなければならない。現在も多くの消費者は旅行会社を使う傾向があり、旅行会社の努力そのものが、海外旅行市場を育てることにつながると、業界に変化を呼びかけた。
また、常に拡大を続ける日本の企業の成長力も、出国者数を下支えするだろうと期待する。例えば、京都の技術系の専門企業が世界中に商品を納入しており、年間のべ8000人の社員がドバイに業務渡航をしている元気な会社がある。さらに、下着メーカーのトリンプ日本法人は、利益率での世界1位だが、従業員1人1時間あたりの生産性でも1位をめざし、ノー残業デーや会議の時間短縮などの取り組みを進めていることを紹介。こうした取り組みは企業の競争力の源泉になるが、生まれる時間は余暇に使うことのできる時間になるとし、今後の社会全体の大きな流れが、海外旅行にも追い風になるという。
▽VWCの具体策、旅行会社はどのように行動すべきか
佐々木氏の展望を受け、澤邊氏がVWCの施策を改めて説明。VWCでは、海外旅行の規制緩和と需要喚起、市場調査などに取り組む。対象とする顧客層は、20代から30代の若年層、ファミリー層、熟年層とし、戦略は重点デスティネーション、地方の活性化、メディア戦略が3つの柱だ。首都圏の航空供給座席数の改善が期待できない2008年、09年は集中と選択、徹底したビジネスの変革をすすめ、2010年に飛躍するための土台作りに徹する。澤邊氏は、「旅行会社にとっては2010年の首都圏空港の拡大は、ポジティブな効果が期待できる」と意義を強調する。
重点デスティネーション戦略は、重要なデスティネーションをいかに継続的に発展させるかを主眼に置く。需要喚起と市場拡大、新しいデスティネーションの開拓も重要で、ビジネスパートナーとの関係再構築により、安定した観光客数を送客し続けられるようにすることがねらいだ。これに向け韓国では韓国観光公社(KTO)とJATAは目標訪問者数を明記し、覚書(MOU)を締結。商品企画造成の担当者を対象とするセミナー、ファムツアーの計画など、観光局、ホテル、航空会社で構成されたワーキンググループで個々に対応し、VWCはファシリテーターとして協力し、関係者が一緒に現状を打開する体制の構築へつなげる役目を担う。
また、2000万人の達成には地方の活性化も不可欠という。対処法は2つで、第1に地方路線が減少する傾向だが、地方空港とイベントを共催するなどにより、需要の冷え込みの阻止と残された定期便の有効活用をめざす。第2に近隣国へのチャーター便の設定で、インバウンドと組み合わせた計画として席を埋め、設定数の増加と旅行代金を抑えることが重要だ。すでに台湾、香港、マカオなどを発地とする例があり、インとアウトの双方向の旅行需要の創出がカギとする。
メディア戦略、ダイレクト・マーケティングでは、多くの消費者に海外旅行へ行く気持ちを高め、消費者とのコミュニケーションをはかるかがポイントだ。旅行会社と政府観光局と連携も重要になる。すでに首都圏でトレインジャックを実施したほか、下期にはパスポート取得のキャンペーンを展開、JATA地方支部とも連携し、出国率の向上につながる実行力のある取り組みにしていく。
市場調査も実施する。上期は、旅行業界の大きな関心事である若年層の海外旅行離れに焦点を当て、旅行会社が若者のニーズを理解して相応しい情報や商品を提供できるように調査結果をJATAウェブサイトで公開する。旅行商品はシニア層のニーズに応えており、同じことが若年層にもできないはずはない。下期の調査はヨーロッパ方面のデスティネーションに関するものを予定している。レジャー旅行がヨーロッパからアジアへシフトするなかで、ヨーロッパの魅力を維持し、ビジネスモデルの再構築にも役立つだろう。
澤邊氏は、VWCは「数」が最終目標ではなく、2000万人を達成するための産業構造の変化がめざすところと説明。各社の競争も重要だが、海外旅行市場の拡大をはかるため、現在を白紙の状態で見直し、顧客の求めるものを的確に提供しようとする、現状の打破の取り組みであることを強調した。
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日本の海外旅行市場は減少傾向にある要因として、佐々木氏はテロやSARSなどで、海外旅行が魅力的なレジャーであるだけでなく、リスクをともなうと認識が変化し、その意識が消費者に根づいたという。特に、日本語を使用する社会環境において、「情報系が孤立」していることも、リスクを強く認識することが強固なものになっていると独自の分析を披露。例えば報道でも日本国内、あるいは日本語で伝えられる情報で完結するため、小さな声が大きく聞こえ、さらに繰り返し同じことが主張される結果、風評被害が発生する、と指摘する。また、急速に進む高齢化も日本の問題の一つという。佐々木氏が高齢者用の施設を見て回った体験を交え、「立派な施設だが、老人たちの目は希望を持たず暗かった」といい、こうした老人が全国に400万人、そしてその介護にあたる若者がいる環境では、報道の例とあわせて内向きになる要素が強いとみている。
若年層の海外旅行離れも課題だ。海外旅行がもたらす新鮮さを若者が感じられない、または求めていない可能性がある。さらに、日本社会で「富の偏在」が進んでいるとも指摘。日本の20代、30代の人たちが年収200万円前後であれば、旅行よりも将来の安定のためのささやかな貯蓄を優先するのは当然であることを示唆した。
▽VWCを取り巻く環境と可能性
VWCは、こうした社会的な状況がある中で、2000万人に向けてゆるやかな成長を描くことをめざす活動だ。1970年代や1980年代の社会的な成長路線への期待ができない中での取り組みとなる。佐々木氏は「小さな動きが全体を変えられるのか」という疑問があるものの、「日本の社会はツーウェイ・ツーリズム、交流によって自分たちが豊かになると確信しはじめている」と述べ、行政改革が進むなか、新たな行政府として観光庁が設立されること、インバウンド1000万人とあわせて、国が初めてアウトバウンド2000万人の目標を設定したことが、その確信を強くするものとした。
明るい材料は、悲観的な側面のある高齢化社会の到来でも「2000万人以上の元気で時間が自由に使える年金生活者」がおり、この中にはいわゆる団塊の世代800万人が含まれていること。ある調査では、お金の使い道として思い出を作ることを重視しており、用途の第1位は旅行だ。この世代が1年に数回、海外旅行を楽しめば、市場の拡大は可能であることを強調する。このためには、旅行市場が変わる必要があり、多品種少量生産の体制をつくり、同じデスティネーションでも様々な切り口の商品が揃うようにしなければならない。現在も多くの消費者は旅行会社を使う傾向があり、旅行会社の努力そのものが、海外旅行市場を育てることにつながると、業界に変化を呼びかけた。
また、常に拡大を続ける日本の企業の成長力も、出国者数を下支えするだろうと期待する。例えば、京都の技術系の専門企業が世界中に商品を納入しており、年間のべ8000人の社員がドバイに業務渡航をしている元気な会社がある。さらに、下着メーカーのトリンプ日本法人は、利益率での世界1位だが、従業員1人1時間あたりの生産性でも1位をめざし、ノー残業デーや会議の時間短縮などの取り組みを進めていることを紹介。こうした取り組みは企業の競争力の源泉になるが、生まれる時間は余暇に使うことのできる時間になるとし、今後の社会全体の大きな流れが、海外旅行にも追い風になるという。
▽VWCの具体策、旅行会社はどのように行動すべきか
佐々木氏の展望を受け、澤邊氏がVWCの施策を改めて説明。VWCでは、海外旅行の規制緩和と需要喚起、市場調査などに取り組む。対象とする顧客層は、20代から30代の若年層、ファミリー層、熟年層とし、戦略は重点デスティネーション、地方の活性化、メディア戦略が3つの柱だ。首都圏の航空供給座席数の改善が期待できない2008年、09年は集中と選択、徹底したビジネスの変革をすすめ、2010年に飛躍するための土台作りに徹する。澤邊氏は、「旅行会社にとっては2010年の首都圏空港の拡大は、ポジティブな効果が期待できる」と意義を強調する。
重点デスティネーション戦略は、重要なデスティネーションをいかに継続的に発展させるかを主眼に置く。需要喚起と市場拡大、新しいデスティネーションの開拓も重要で、ビジネスパートナーとの関係再構築により、安定した観光客数を送客し続けられるようにすることがねらいだ。これに向け韓国では韓国観光公社(KTO)とJATAは目標訪問者数を明記し、覚書(MOU)を締結。商品企画造成の担当者を対象とするセミナー、ファムツアーの計画など、観光局、ホテル、航空会社で構成されたワーキンググループで個々に対応し、VWCはファシリテーターとして協力し、関係者が一緒に現状を打開する体制の構築へつなげる役目を担う。
また、2000万人の達成には地方の活性化も不可欠という。対処法は2つで、第1に地方路線が減少する傾向だが、地方空港とイベントを共催するなどにより、需要の冷え込みの阻止と残された定期便の有効活用をめざす。第2に近隣国へのチャーター便の設定で、インバウンドと組み合わせた計画として席を埋め、設定数の増加と旅行代金を抑えることが重要だ。すでに台湾、香港、マカオなどを発地とする例があり、インとアウトの双方向の旅行需要の創出がカギとする。
メディア戦略、ダイレクト・マーケティングでは、多くの消費者に海外旅行へ行く気持ちを高め、消費者とのコミュニケーションをはかるかがポイントだ。旅行会社と政府観光局と連携も重要になる。すでに首都圏でトレインジャックを実施したほか、下期にはパスポート取得のキャンペーンを展開、JATA地方支部とも連携し、出国率の向上につながる実行力のある取り組みにしていく。
市場調査も実施する。上期は、旅行業界の大きな関心事である若年層の海外旅行離れに焦点を当て、旅行会社が若者のニーズを理解して相応しい情報や商品を提供できるように調査結果をJATAウェブサイトで公開する。旅行商品はシニア層のニーズに応えており、同じことが若年層にもできないはずはない。下期の調査はヨーロッパ方面のデスティネーションに関するものを予定している。レジャー旅行がヨーロッパからアジアへシフトするなかで、ヨーロッパの魅力を維持し、ビジネスモデルの再構築にも役立つだろう。
澤邊氏は、VWCは「数」が最終目標ではなく、2000万人を達成するための産業構造の変化がめざすところと説明。各社の競争も重要だが、海外旅行市場の拡大をはかるため、現在を白紙の状態で見直し、顧客の求めるものを的確に提供しようとする、現状の打破の取り組みであることを強調した。