取材ノート:人材育成は産業の要、学生のレベル向上が産業レベルの向上に

  • 2008年3月24日
 国土交通省が開催した「第3回観光関係人材育成のための産学連携検討会議」で、セントラルフロリダ大学でホスピタリティ経営学部観光学科准教授の原忠之氏が「観光産業の経営を担う人材育成のあり方」として、大学における人材育成について講演した。原氏は現在、アメリカの大学の観光ホスピタリティ学部の正教員として従事する唯一の日本人。

 原氏はホスピタリティ産業で世界をリードするアメリカでの、大学における人材育成事例を紹介。ただし、アメリカ事例が絶対に正しいわけではないと述べ、「良きは模倣、悪きは放棄、より改善したモデル構築のたたき台」とし、戦略を立てて日本の人材育成モデル構築する議論のため、まずは産学官でそれぞれの現状把握と認識共有をすることから着手することを強調した。また、「古いものを捨てないと新しいものが入ってこない。環境変化に強制されるより、自らが先に変化した方がやりやすいはず」とも述べた。会場からは多数の質問が寄せられ、活発な講演となった。


観光ホスピタリティ分野における米国大学の人材育成事例

人材育成の考え方

 大学学部の使命は教育と研究だが、教育ビジネスモデルとしては大学学部の顧客は産業界で、学生は産業界のニーズにあわせて生産する“商品”である。高品質な商品を安定供給すれば、顧客満足度が向上し、大学学部のブランド価値が上がる。

 顧客が望む商品を作らなければ“在庫”がたまる。失業率が高くなり、地方自治体の負担が増える。そういう意味で、学校には社会的責任がある。商品と教育機関が成長すれば産業界に恩恵があり、大学に戻ってくる。人材育成は非常に重要である。


米国のホスピタリティ産業の求める人材とその把握方法
 
 日本でも経営幹部候補と即戦力の2タイプが求められているが、経営幹部候補のベースとして「挨拶のできる人」「人と接するのが好き」という、人の資質を重視している。しかし、これは大学の高等教育機関で教えることではなく、それでは学生も育たなければ学部教育も育たない。

 アメリカでは職業専門学校卒の「労働即戦力ラインスタッフ」と、研究系のホスピタリティ経営学部卒の「経営幹部候補者」とし、「観光業の歴史や社会学よりも、表計算能力やクレーム対応、人事管理などの基礎を教えてほしい。財務諸表が読めなければ昇進は無理でかわい
そうなので、最初から採用しない」との意見も。

 そこで、大学では「学部諮問委員会」を設置し、ニーズ反映を制度化。1ヶ月や2ヶ月スパンで定期的に企業を招待し、意見聴取の機会を設けている。企業も機会があれば積極的に情報を提供し、これにより、企業人による講義やカリキュラム変更などもある。例えば、最近はリスクマネジメントに対する関心が高く、その初動対応ができる人材が求められた。これに対し、学部長はすぐに学内にEメールで連絡し、2、3週間のうちに授業に盛り込まれたほか、リスクマネジメントの新クラスも創設。企業のニーズには迅速に対応している。


インターンシップに対する業界ニーズ

 全世界で3万人の従業員を抱えるタイムシェアビジネスの「ウィンダム」からの、インターン学生に対する要求を紹介。ストラテジック・オペレーションズの「ビジネス・デベロップメント・ファイナンシャル・アナリスト」に対するインターンでは、

 ・タイムシェアの投資機会の財務を理解し、実行することができる
 ・ファイナンシャルモデルを作り、評価をレポートすることができる
 ・データ収集と管理をし、産業トレンドを調査することができる

…など、幅広く高水準な条件を、学生に求めている。


インターンシップの意義と有効性の評価方法

 観光ホスピタリティ学部経営におけるインターンシップの意義は、産業が求める「管理職候補」を育成すること。授業での論理は重要だが、それに裏付けられた経験と判断が経営能力と統率力を導く。そのため、卒業単位に必要な授業の一環として位置づけている。セントラルフロリダ大学では在学生2300名中、650名がインターンを実施している。週16時間、1年半が必修で、週25時間前後おこなうケースが多い。学部生を「経営幹部」として育成するには、インターンは計800時間が必須と認識している。

 また、企業にとっても、学生の態度と能力を見極める機会。卒業前に管理職ポジションを確保する学生もいるほど。

 インターン学生の評価方法については、人的なヒヤリングでは比較評価や傾向が分析できず、測定誤差も生じるとして、良いか悪いか、もしくは1から5の数字による統計処理によるデータ収集を推奨。電子データにまとめることが効率的とした。これについては会場から、「特にホスピタリティでは数字だけでは分からない情報がある」との反対意見と質問があり、原氏は「定量調査上で自由記載される情報には、注目すべき内容が多い」と、意見を認めた。


課題と日本での人材育成に向けた議論

 大学の使命は教育と研究。観光ホスピタリティ学部学科の学術会における評価は、研究能力で、教員に対しては主要な学術誌に掲載する論文本数のみとなる。大学から研究を除くと、専門学校と同等になる。人材育成の観点からは、微妙なミスマッチがある。

 米国事例が絶対に正しいというわけではないが、ホスピタリティ研究で世界をリードし、ビジネスモデルとして社会に貢献する人材育成に成功。ホスピタリティ産業界の成長源となっている。事例をたたき台に、より改善したモデル構築を作ることは、日本の得意分野。そのためには、産学官のそれぞれが現状を把握し、正確な認識共有からはじめたい。

 一方、観光ホスピタリティ分野の英文学術誌に掲載された論文のトップ138名のうち、日本人は0人。現在、米国人教員の引退後の後継者が外国人教員であるケースが多く、アメリカに200ある観光ホスピタリティ学部のうち、韓国人が50人、中国と台湾が計35人など、アジア諸国の学者の増加が予想される。大学の使命である研究分野でも、世界レベルにある潜在性を顕在化するためにも、産官からの研究ニーズを聞き出し、社会科学分野で勝負していくべき。


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