読者アンケート2026
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観光庁長官が現地で見た「令和版大山詣り」、宿坊「源長坊」再活用を核に進むレガシー形成の現在地

 2025年の年間訪日外国人旅行者数は過去最高を記録し、インバウンド市場は新たな成長フェーズに入った。一方で、観光客が集中する一部の地域や時間帯等によっては、過度の混雑やマナー違反による地域住民の生活への影響や、持続的な地方誘客のあり方が、改めて政策課題として浮上している。

 観光庁の村田茂樹長官は、現在策定を進めている次期観光立国推進基本計画で、第一の柱として「インバウンドの受入れと住民生活の質の確保との両立」を掲げ、局所的・地域的な混雑への対応やマナー対策、受入環境整備を通じた持続可能な観光地づくりを進める考えを示している。

 こうした政策の方向性のなか、観光庁は、将来にわたり国内外から旅行者を惹きつけ、継続的な来訪や消費額向上につながる地域・日本のレガシー(遺産)となる新たな観光資源を形成することを目的に支援を行っており、大山阿夫利神社はその「地域・日本の新たなレガシー形成事業」を活用している。

 2026年1月、村田長官は神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社を訪れ、同事業の現地視察を行った。廃業宿坊「源長坊」をはじめ、参道や宿坊群、山頂社殿までを巡り、地域関係者と意見交換。その後、村田長官、大山阿夫利神社の目黒仁宮司、内閣府地域活性化伝道師で跡見学園女子大学准教授の篠原靖氏による鼎談が実施され、事業の意義や今後の展望について議論が交わされた。

目黒宮司の案内のもと現地を視察する村田長官(写真左)

「建物再生」ではなく、「物語の再起動」

目黒宮司

 かつて大山詣りは、江戸庶民にとって一大行楽でもあった。目黒宮司によると、江戸の人口が100万人規模だった時代には、年間20万人を超える人々が大山詣りに訪れたと記録されているという。信仰と行楽が重なり合い、多くの人々が時間と費用をかけて大山を目指した歴史が、この地にはある。

 そのうえで、源長坊再活用事業の特徴は、単なる歴史的建造物の保存・改修にとどまらない点にある。事業のコンセプトは、宿坊「源長坊」を「令和版大山詣り」のハブ拠点として再生し、大山全体の周遊と体験価値を高めること。麓の源長坊、中腹の下社、山頂の本社という3拠点をストーリーで結び、これまで登山や日帰り参拝で「通過」されがちだった大山を、学びと体験を伴う滞在型の文化観光へと転換する構想だ。

 篠原氏は鼎談で、「日本の文化をしっかりと伝え、体験もできる。そういう形で宿坊の体験とつながってくることが大事」と述べたうえで、源長坊を起点に大山詣りの歴史や背景を理解することで、登拝体験そのものの意味が深まるとの認識を示した。

調査で見えた「需要」と「可能性」

奉納されている「納め太刀」に関して説明する目黒久仁彦権禰宜

 事業では、2024年度調査で明らかになった課題を踏まえ、より具体的な需要調査とモニターツアーを実施した。首都圏を中心とした文化体験関心層への調査では、特に「食」「自然」「歴史性」への評価が高く、若年層ほど文化体験への参加意向が高い傾向が確認された。体験プログラムの適正価格帯は2000~3000円前後とされ、豆腐料理をはじめとする地域食文化が有力なコンテンツになることも明らかになった。

 また、日本人と在住外国人を対象に実施したモニターツアーでは、宿坊体験や正式参拝、納め太刀奉納といった宗教的儀礼を含むプログラムが高い満足度を獲得。参加者全員が再訪・推奨意向を示す結果となった。一方で、浮世絵体験など一部プログラムについては、工程や時間配分の見直しといった改善点も浮かび上がっている。

源長坊

 こうした需要が確認される一方で、宿坊を取り巻く構造的な課題も横たわる。目黒宮司によると、大山にはかつて100軒を超える宿坊が存在していたが、現在は約40軒と大きく減少している。最大の課題は後継者不足だ。

 宿坊は単なる宿泊施設ではなく、参拝者を導く先導師として、信仰や作法、地域文化を支えてきた存在でもある。担い手の減少は、建物の存続だけでなく、大山詣りそのものの継承に直結する問題だ。源長坊再活用は、こうした文化の担い手を将来につなぐための試みでもある。