ココロでひとをうごかす~香港発の"噂話"を耳にして思うこと-JR東日本びゅうツーリズム&セールス代表取締役社長 高橋敦司氏
最近お取引をいただいている香港の旅行会社からのツアーのキャンセルが多いという報告を受けて、現場の担当者とその理由などについてディスカッションした。どうも香港では「7月に日本で大きな災難が起きる」という話でもちきりなようで、それが発端らしい。有名な風水師が預言したらしいとか、6月に駆け込みで日本に行く需要が勃発しているとか、真偽のほどはともかくいろいろ余計な情報も含まれていて、ネット空間上も賑やかだ。
しかし、シンガポールや台湾、中国本土に至るまで似たような話が蔓延しているかと聞けばどうやらそうではなく、キャンセルも出ていない。風水好きで地震がほとんどない香港の独自性なのだろうか。実際せっかくトリプルトラックになったばかりの香港〜仙台をはじめ減便の発表が相次いでいる。迷信、恐るべしである。
日本人も歴史的にはデマや迷信に惑わされた過去がある。香港の話を嘲笑するだけではなく振り返ってみる機会にするのもいいだろう。
私はいわゆる丙午(ひのえうま)世代で、この年生まれの女性は旦那を食い殺す、という迷信から昭和で最も出生者が少ない年の学年だ。当時まだ右肩上がりの成長を遂げ、順調に人口が増えていた日本の歴史のなかで極端に年齢別人口が少ないグラフになっているのが私の世代。いま同じような噂話があったとしても、極端に生まれる子供が少ないことはないだろうが、そもそも今は生まれる子供自体が激減している。昨年の日本人の出生数は60万人台。「いびつ」と言われ昭和で最も少ない丙午世代のなんと約半分だ。
総人口もどんどん減っている。昨年の人口減少数は前年から約▲89万人。ちょうど秋田県と同じぶんくらいの人口がたったの1年で減った。高度成長期に地方から出てきた家庭がみな4世代目になれば、地方へおじいちゃん、おばあちゃんを孫が訪ねる帰省も無くなっていく。キャンセルこそないが、最近海外の旅行会社は近年7月〜9月の日本旅行はためらう傾向にある。理由は占いなどではなく、台風と暑さというファクトだ。東南アジアの国からみても、東京は暑いというラベルはもはやかなりガッツリ貼られている。実際本当に昔より間違いなく暑い。
だから「夏は旅行シーズン」と信じて疑うことなかった我々の価値観もやがて変わるに違いない。夏は暑い一方で日本のあちこちで美しい雪景色が見られるのに、雪が北海道にしかないと思っている外国人もまだ多い。冬の観光で勝負できている地域はまだ数少なく、どこにでもあるはずの雪景色をモノにすることができないまま、特定の地域に観光客が集中するという現象を引き起こしている。空や海が広いがごとく、まだまだ人を受け入れられる場所は数多くある。しかしキャパシティと訪問者数とのマッチングは、数学で答えを出すほど簡単ではない。高付加価値化で単価を上げることも重要なことではあるが、まだ多くの人に知られていない絶景は無数にある。誰もが行く場所ではなく、まだ知られていない場所。シーズンだけではなくて、たった一瞬、その時でしか味わえない体験。それを伝えるのが私たちの仕事の本懐だが、やり遂げているかと言うとそう胸を張れないのがもどかしい。
いつどんな時でも、それらを導くのは勘や占いではなくてデータ。しかしまだ私達は圧倒的に空気や雰囲気に翻弄されている。データを読み解き打ち手を考える力がAIにとって変わられたとき、人のココロで人(ひと)を動(うご)かす力は引き続き人間に備わっているのだろうか。
株式会社JR東日本びゅうツーリズム&セールス 代表取締役社長。1989年東日本旅客鉄道(JR東日本)入社。2009年びゅうトラベルサービス社長、13年JR東日本営業部次長、15年同担当部長、17年ジェイアール東日本企画常務取締役チーフ・デジタル・オフィサーなどを歴任。24年6月から現職。