「北海道に根を張り、外貨を稼ぐ」地域とともに歩む観光業のかたち-北海道宝島旅行社代表取締役社長 鈴木宏一郎氏
学生時代にバイクで日本中を旅し、北海道に魅せられた――。長年勤めたリクルートでの経験や地域とのご縁を経て、「北海道に根を張って外貨を稼ぐ仕事をしたい」と一念発起。体験観光やインバウンド旅行の分野で地道な積み重ねを続けてきた北海道宝島旅行社・鈴木宏一郎氏に、創業の背景や地域との向き合い方、そして観光業界への思いをうかがった。

鈴木 宏一郎 氏(以下敬称略) 1965年に北九州・小倉で生まれましたが、父が脱サラした関係で、兵庫県西宮で育ちました。大学は東北大学で、学生時代は全国をオートバイで旅していました。そのとき北海道を3カ月ほどかけて回って、大好きになったんです。北海道に住みたかったのに、なぜか東京のリクルートに就職してしまって(笑)。最初は仙台、その後2年間の東京勤務の際に、通勤ラッシュや生活環境に嫌気がさし「北海道に行かせてくれ」と直訴して、札幌に異動させてもらいました。普通は3年くらいで異動なんですが、なんとか9年間へばりつきました。リクルートでは求人や研修、人事分野に携わるなかで、安定した事業収入を求めて行政の仕事にも関わるようになりました。その過程で道内の自治体や地域の方々と出会い、「この人たちと一緒に外貨を稼ぐ仕事がしたい」と思ったのが、今の事業の出発点です。
鈴木 最初は北海道の特産品を販売する通販事業も考えたんですが、踏み切れませんでした。そんなとき、地域の魅力を伝えるアウトドアガイドさんたちのことを思い出しました。移住者が多く、熱心に活動されているのに経済的に厳しいという現実があったため、彼らの活動を支えたいと考えたんです。
そこで「北海道体験」という体験プログラムの検索・予約サイトを立ち上げました。でも、資金も知名度もない会社のサイトなんて最初は誰も見てくれません。社員3人で全道を回ってガイドさんと会って、夜は、自分たちで撮った写真と文章をアップして…でもお客様はなかなか来ない。元旦も電話で問い合わせ対応するような生活になり、最初の3年間は本当に苦しかったです。
いわゆる旅行業界のビジネスモデルは、大量かつ反復再生産が可能なツアーを、効率よくぐるぐる回していくことに重きが置かれてきました。でも、たとえばカヌーには2人しか乗れないし、馬にも1人しか乗れません。そうなると、どんな天気でも、どんな年代のお客様でも等しく満足させるというのは、現実的には難しいですよね。でも、わたしはそうした小規模で個別性の高い体験交流こそが、北海道の本当の魅力を引き出せる方法だと信じてきました。
リクルート在職中に小樽商科大学大学院に通い、2年間かけて観光による地域活性化に関する論文を書いた経験も、今に活きています。自腹で通いながら必死で学び、まとめた修士論文のテーマは、「地域経営型のグリーンツーリズム」、つまり、農林漁業と観光、そしてインバウンドを結びつける地域活性化のモデルで、今でいうDMOのコンセプトに近いものでした。まだビジットジャパンも始まっておらず、LCCも今ほど普及していなかった2000年当時にそうした視点を持てたことは、今のビジネスモデルの骨格につながっています。
鈴木 増資しながらなんとか事業を継続していましたが限界が見えてきた頃に、北海道のインバウンド振興に寄与するという主旨の北海道庁の緊急雇用対策事業に応募して採択されました。その事業で英語人材を雇い、シンガポールに初めて営業に行きました。完全に手探りで、メールして返信が来た旅行会社に直接訪問するというスタイルでした。
最初の年は数組のお客様でしたが、富裕層のお客様の満足度が高く、少しずつ口コミやレビューで広がっていきました。今では「北海道で10泊11日のオーダーメイドツアー」というような依頼がどんどん入ってきています。現在は、インバウンドFIT(個人自由旅行者)のお客様に向けたフルオーダーメイドの旅行サービスと、日本語版の体験観光予約サイト「北海道体験」の運営、自治体向けのインバウンドFIT受け入れ支援が事業の軸になっています。