【特別レポート】研究者、自治体目線での京都観光の課題

 京都ウィーク最終日は、視点を変えて観光産業への学術的なアプローチにフォーカスする。話を伺ったのは、京都大学で観光や海洋分野における情報化を研究する笠原秀一氏と、京都自治体問題研究所で事務局長を務める池田豊氏。京都の観光が抱える課題を第三者の目線で紐解く。

「観光立国」からオーバーツーリズムが生まれたのは何故か

京都自治体問題研究所 事務局長の池田豊氏 自治体の問題や在り方を調査、研究する京都自治体問題研究所の池田豊氏は、観光立国構想の目的は当初、総合的な国づくりのなかで観光立国を標榜し、「住んでよし、訪れてよし」の地域を創造することにあったが、東日本大震災を機にそれが変わったと見ている。2007年に策定された観光立国推進基本計画は5年後に見直されることになっていたが、それが3.11の直後にあたり、政策の主眼が復興に向け交流人口を増やすことに変わった。その結果地域を訪れる人は増えたが、住人の暮らしへの視点が減ったことで地域は疲弊し、また宿泊業者や交通業者、サービス業者の数や業績は順調に伸びたものの、法人税は本社のある東京圏に集中し地域には落ちないという事態に陥っているという。

オーバーツーリズムがもたらしたもの

 観光客数や消費額を増やすことに重きを置いた政策により、コロナ前の京都は国内外からの観光客で大変な賑わいを見せる一方、深刻なオーバーツーリズムに直面することとなった。オーバーツーリズムでは交通渋滞や騒音などさまざまな弊害が取り上げられるが、2019年まで京都市には毎年5,000万人以上の観光客が訪れ、1人が1日にトイレで使用する水の量は約20リットルに上り、ゴミの排出量・処理量ともに増加していた。池田氏はこれらのインフラ整備や処理が住民の税金で賄われていることも地域にとって大きな負担となっていると指摘する。

京都大学 特定講師 笠原秀一氏

 また観光旅行者の行動モデルなどに詳しい京都大学の笠原秀一氏は、2019年までの京都は時期的にも地域的にも人が集中しすぎた状態で、有事の際の避難経路や避難所の数が足りていなかったとことを問題視する。災害発生時にはどこにどれだけの人がいるのかを把握し、正確な情報と指示を出すことが重要だが、中小規模のホテルや民泊の多い京都ではこれらが非常に難しく、初動が遅れかねない可能性がある。

 これに対し笠原氏は、旅行者の安全とプライバシーをどう両立させるか、旅行者の個人情報は民間が管理するのか等、コンセンサスの形成と総合的な仕組みづくりが必要だと訴える。また、行政や研究機関は地域の総合的なキャパシティを踏まえた許容流入者数を特定すべきであり、新たに施設を作って旅行者の分散を図るのではなく、SNSを活用したストーリー発信など、共感マーケティングが重要だという。

京都の観光を考える上での行政の課題

 池田氏は、「観光」という言葉の定義は立場によって異なるため、それを理解した上で課題解決に取り組む必要があるという。一般的に「観光」という場合、余暇の時間に日常生活空間から離れた環境に身を置き、休養したり、学んだり、遊んだりすることを指す。一方、観光関連事業者が使うときは主に経済活動、「観光事業」を意味する。そして地域の福祉の増進と総合的な自治促進を担う行政においては「観光行政」を指し、その最たる目的は持続可能な地域を作ることにある。

 観光行政における最優先事項は観光客数や消費額ではない。行政はそれぞれの立場からの「観光」の目的の違いを認識した上で、その実現に向け、経済活動としての観光事業とバランスを取りながら進めることが重要だと池田氏は言う。

 例えば祭りなどのイベントを開催する場合、「集客して地域や業者へお金を落とす」ことと「地域の祭りを支える」こととは別の目的で、本来行政が担うべきは後者のはずだが、今の行政は民間と一緒になってイベント作りをやってしまっている。イベントが終了すれば参加者も観光客も蜘蛛の子を散らしたようにいなくなり、地域には後処理の負担が残る。何年も続く祭りがあっても、それを支える住民の暮らしや農業が疲弊していくと続かない。行政には単なるイベントの支援だけではなく総合的な取り組みが求められる。

 行政のKGIは総合政策における地域強化だが、現状ではお金を稼ぐ「観光事業ファースト」になってしまっていることが最大の課題だと池田氏は指摘する。

 笠原氏は、行政は情報を持ってはいるものの、情報技術を使いこなしていないことを課題として挙げる。地域としての顧客管理が行われていない、昔ながらの大雑把な広告宣伝でとどまっている、さまざまな業者と組んでいるもののしっかりとオーガナイズされていないなど改善すべき点が多く、データの活用方法やマネジメント方法を整理するとともに、新しい情報技術を使った誘客やマーケティング手法を活用していく必要があるという。

 また笠原氏はDMOについても独自の見解を持っている。DMOは本来、利益を享受する地域の観光業者から収入を得るべきだが、観光業者は薄利のためそういった余裕もなく、結局自治体や国からの予算で運営することになっている。職員の多くも自治体の人間が務めることになり、日本の情報管理における弱さがダイレクトに響いている。DMOの運営に宿泊税等を充てることも検討すべきではないかというのが笠原氏の考えだ。