目的に沿ったデジタル化で業績アップへ-JATA経営フォーラム
デジタル化はあくまでも「手段」
自社の進むべき方向に適した対策を
新型コロナウイルス感染症(COVID-19、コロナ)の流行により、社会のデジタル化が加速している。今年9月には政府がデジタル庁を発足する予定だ。こうしたなか、日本旅行業協会(JATA)が先ごろ開催した「JATA経営フォーラム2021」では、分科会Dのテーマに「デジタル庁発足 旅行業界におけるデジタル化も待ったなし」を設定。Googleの担当者がキーノートスピーチをおこなうとともに、旅館や旅行会社のトップ、最高情報責任者(CIO)が各社のデジタル化の取り組みや、デジタル化推進に向けたポイントを語った。
※Googleのキーノートスピーチの内容については動画内のみでの公開
陣屋:社内で専用システム開発、デジタル化で業績回復
分科会では、神奈川県の鶴巻温泉にある全18室の旅館「陣屋」の代表取締役で女将を務める宮崎知子氏が、前社長の逝去などにより急きょ事業を継承することになった2009年から取り組んでいるという、自社のデジタル化について紹介した。
宮崎氏によれば、09年当時は経営状況が悪化しており、年間売上高は1999年の5億円から2009年は2億9000万円まで落ち込み、EBITDAはマイナス6000万円だった。こうした状況のなか、同氏は売上を増やして経費を削減するため、客室単価を当時の9800円以上から15年を目途に3万円以上まで高めることを目標に設定。ブライダル事業を開始し、貴賓室を活用したスタッフのマルチタスク化などにも取り組んだ。
さらに、情報の「見える化」、PDCAサイクルの高速化、顧客の情報を活用するためのCRM(顧客管理システム)の導入、仕事のデジタル化による顧客との接点強化に取り組むことを決定。そのためには経営を支える基幹システムの導入が必要だと判断し、市販の基幹システムを探したが、低価格で拡張性・カスタマイズ性がある、といった求める要件に適したシステムがなかったという。このため、宮崎氏は自社での独自開発を決意し、エンジニアを1名採用。予約管理から経営分析まで一元管理できるクラウド型基幹システム「陣屋コネクト」を開発した。
宮崎氏はシステムの独自開発のメリットとして、複数社のツールを利用していないため、相互のツールを連携させるためのカスタマイズが不要であることを挙げた。また、システムのアップデートを継続することで、IoTを活用したさまざまなサービスも可能になったという。同氏は、風呂場の脱衣場にある使用済みタオル籠にセンサーを設置し、かさが増すとアラートが鳴り、従業員がタオルの補充にいけるようにしていることを説明。「業務の効率化とともに、適切なタイミングでメンテナンスできるのでお客様の満足度があがった」と成果を語り、「機械が得意なものは機械にまかせ、スタッフが人にしかできないおもてなしに専念するための時間の確保にITを活用している」と話した。
ただし、デジタル化についてはスタッフの協力が必要だ。宮崎氏は陣屋の現場スタッフはシニア層もおり、機械に不慣れな人がいたことを踏まえ、「使ってもらうため、システムにログインして出動ボタンを押さないと給料が発生しないような環境を構築したところ、全員が使えるようになった」と振り返った。このほか、同氏はスタッフのマルチタスク化とデジタルの相性の良さを指摘。「デジタル化でいつどこでもどの部署でもお客様の情報が閲覧できるようにしたことで、スタッフ間の協力や事前準備などに活用でき、おもてなしの質が向上していった」と話した。
こうした取り組みにより、18年には売上高が6億1400万円、宿泊単価は3万7000円以上となり、EBITDAも1億8500万円と利益が大幅に改善。宮崎氏は「デジタル化し、おもてなしに注力したことで業績回復できた」と強調した。
なお、陣屋では12年に「株式会社陣屋コネクト」を設立して陣屋コネクトの外販を開始。現在は旅館を中心にリゾートホテルやビジネスホテル、ゲストハウスなど400施設弱がシステムを利用しており、売上は年間2億円程度だという。