【弁護士に聞く】苦情対応、実例に基づく成功例・失敗例

  • 2021年3月17日

 今回編集部からいただいたお題は難題だ。私の事務所は旅行会社と5,000を超える宿泊施設からのタビマエ・ナカ・アトの顧客からの苦情対応の相談を受けているが、対応するのは各社の担当者だからだ。タビマエを除いて、担当者には手に余る対応に困った事案のみが私のところにまで上がってくるから、自然、殆どがクレーマー化している。


ひたすら謝る古典的対応の無効化

 それでは全部が失敗例かというとそうとも言えない。殆どが顧客側が無理難題を言っているもので、対応のしようがないという事案だ。ただ言えることは、ひたすら謝るという方法は相手を増長させるだけで効果がないことははっきりしている。言葉での謝罪が意味をなさない1億総クレーマー化が10年位前から始まって久しい。

 タビナカの苦情にひたすら謝る対応をとる理由は理解できる。タビナカの苦情は現場対応せざるを得ないからだ。「現場」とは、苦情の原因となった事実(観光予定地のカット、予定していた部屋の満室変更等)の生じた箇所のことで、そこで添乗員なり宿泊施設スタッフが苦情を受けると、その苦情を解決しない限りは、顧客から解放されず先にも進めないので、自然、顧客の感情的高まりを冷静にするために、ひたすら謝ることに徹する訳だ。

 特に高級旅館といわれる宿泊施設では、お代を返せばあらゆる苦情は解決するという実体験があるのと、旅行会社も他人の褌(運送・宿泊サービス提供事業者の提供するサービス)での商売なので添乗員が謝ったツケは苦情の元となったサービス提供事業者におっかぶせればいいという意識からだ。ところが、1999年に起きた東芝クレーマー事件で、「クレーマー」という言葉が初めて社会的認知を得て、育ってきた今となっては、クレーマーにとっては宿泊代金の返還は当然の前提になったし、運送・宿泊提供事業者と旅行会社の地位もかつてほど差はなくなりツケを容易には回せなくなっている。苦情の対応は、全て旅行後に責任をもって精算するという毅然とした態度で、「とにかく旅行中は旅行を楽しんで下さい」という方針を貫けるかが重要になっている。

苦情対応の「成功」の意味

 失敗例を見分けるのが難しい以上に成功例も見分けるのは困難を極める。私のところに相談にくる前に解決した苦情は、対応が成功した結果と考えて良いかは疑問がある。クレーマー化が著しい現在においても、数は少ないまでも善きサマリア人は確実に存在するからだ。旅行会社なり宿泊施設が契約違反を侵し法的には損害賠償責任を負う事案でも、誠意をもって謝罪し、賠償責任と比して遥かに少ない、いわゆるお詫び金の支払で解決した例をもって成功例と解することができるほど単純であれば簡単だ。全ての企業にコンプライアンスが求められる現在では、こうした成功例はむしろ隠蔽例と指弾される恐れがあるからだ。

 苦情対応の手順の理論的理想形は、(1)苦情の受付・聴取、(2)苦情に係る事実の有無の調査、(3)調査結果により確定された事実への契約の適用による責任の評価、(4)評価された責任に基づく解決案の検討、(5)会社のスタンスによる解決案の決定、(6)顧客への解決案の提示・示談交渉、(7)和解契約の成立だ。問題とされるべきは、(5)の会社のスタンスだ。多くの事例では、旅行会社や宿泊施設にミスはなくとも多少の説明不足のあったときに、会社の評判を考えて、お詫び金やお見舞いという名目で何がしかの金銭、商品券等の支払を提案するという積極的方向に働く。しかし、現場対応では、担当者の契約知識の不足等もあって(幸いなことに悪意のある事例は見たことがない)、本来ならば法的に損害賠償責任を負うべき事案に、添乗員が夕食にワインをサービスする、フルーツバスケットを手配する、宿泊施設でも同様に熱燗1本の無償提供、カラオケ無料利用等といった付加サービスの提供で、いわばお茶を濁すといった解決例が少なからずある。

 ひと昔前であれば、とにかく解決したのだからいいで済んでいたものが、後になって疑問を抱いた人がSNSを利用して事案を暴露して批判の的となる。団体の場合には異議を唱える人がいれば、タビアトまで苦情を引きずり、お客様相談室が事案を洗い直して、損害賠償責任を負うべき事案と認識すると、異議を唱えた人は、全員に安易な解決の仕方をとったことを謝罪するともに、公平に改めて全員に損害賠償すべきことを要求してくるので、解決がより困難になる場合もある。今や、見つからなければ良いでは、会社のスタンスとして許されず、法的にも問題のない苦情解決が求められる時代に入っていることを認識する必要がある。弁護士にとっては、歓迎すべき社会の変化だ。

三浦雅生 弁護士
75年司法試験合格。76年明治大学法学部卒業。78年東京弁護士会に弁護士登録。91年に社団法人日本旅行業協会(JATA)「90年代の旅行業法制を考える会」、92年に運輸省「旅行業務適正化対策研究会」、93年に運輸省「旅行業問題研究会」、02年に国土交通省「旅行業法等検討懇談会」の各委員を歴任。15年2月観光庁「OTAガイドライン策定検討委員会」委員、同年11月国土交通省・厚生労働省「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」委員、16年1月国土交通省「軽井沢バス事故対策検討委員会」委員、同年10月観光庁「新たな時代の旅行業法制に関する検討会」委員、17年6月新宿区民泊問題対策検討会議副議長、世田谷区民泊検討委員会委員長に各就任。