海外医療通信 2019年8月号【東京医科大学病院 渡航者医療センター】
※当コンテンツは、東京医科大学病院・渡航者医療センターが発行するメールマガジン「海外医療通信」を一部転載しているものです
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東京医科大学病院・渡航者医療センター
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・海外感染症流行情報 2019年8月
(1)アジア:アジア全域でデング熱患者が急増
今年はアジア全域で例年以上となるデング熱流行がみられています。フィリピンでは7月末までの患者数が16万人と昨年の2倍近くになり、政府は緊急事態宣言を発しました(WHO西太平洋 2019-8-15)。マレーシアでも患者数は8万人と昨年の2倍、ベトナムでも12万人と昨年の3倍の数にのぼっています。南アジアでの患者数も増加しており、スリランカでは首都コロンボなどで20万人、バングラデッシュでは4万人近くの患者が発生しています(ProMED 2019-8-22)。台湾では南部の高雄市などで70人以上の患者が確認されており、台北近郊でも患者が発生した模様です(Outbreak news today 2019-8-14)。各地の流行は9月以降も続くことが予想されており、流行地域に滞在する際は、蚊に刺されない注意を十分に心がけてください。
(2)アジア:ミャンマーなどポリオ発生国でワクチン接種要求の可能性
ミャンマーのタイ国境に接するKayin州で今年5月~7月にポリオ患者が4人(いずれも小児)発生しました(WHO Outbreak news 2019-8-22)。インドネシアのパプア州でも昨年11月にポリオ患者が2人確認されています(WHO Disease outbreak news 2019-2-27)。米国CDCは、こうしたポリオ患者が発生している国に4週間以上滞在する者について、各国政府が出国時にポリオワクチンの接種証明書を要求する可能性がある旨を発表しました(米国CDC Travelers’ Health 2019-8-21)。ワクチンは出国する1ヶ月~1年前に受けたものが有効です。流行国に1ヶ月以上滞在する場合は、日本の各国大使館などにご確認ください。
(3)アフリカ:コンゴのエボラ熱流行状況
コンゴ民主共和国で発生しているエボラ熱の流行は8月も同様な状況が続いています。最近1週間毎の患者数は80人前後で、同国中部の大都市ゴーマや、隣国での患者発生はみられていません(WHO Outbreak news 2019-8-22)。8月中旬までの累積患者数は2927人(疑いを含む)で、このうち1961人が死亡しました。なお、WHOはエボラ熱の治療薬に関する研究結果を発表し、Regeneron社のREGN-EB3と米国国立感染症研究所のmAB114が有効であることを明らかにしました(WHO-news 2019-8-12)。いずれもウイルスに対する抗体を用いた治療薬で、コンゴでは既に使用されています。
(4)アフリカ:アフリカ東部でマラリア患者が増加
今年はアフリカ東部でマラリア患者が増加しています。ブルンジでは今年の患者数が600万人にのぼっており、1800人以上が死亡しました(米国CDC Travelers’ Health 2019-8-22)。ウガンダでも6月から患者数が増加し、8月上旬までに140万人以上に達しています(英国Fit For Travel 2019-8-12)。現地滞在中は蚊に刺されない注意をするとともに、薬剤の予防内服も検討してください。なお、ウガンダはエボラ熱の発生国でもあるため、帰国時にマラリアで発熱している場合も、エボラ熱疑いで健康監視の対象になる可能性があります。
(5)南半球:インフルエンザの流行状況
南半球は冬の季節を迎えており、各地でインフルエンザの流行が発生しています(WHO Influenza 2019-8-19)。オーストラリアやニュージーランドでは流行がピークになっており、ウイルスの種類はA(H3N2)型が多く検出されています。南米やアフリカ南部では流行がピークを越えた模様です。現地に滞在中は手洗いなどの予防対策をとるようにしてください。
・日本国内での輸入感染症の発生状況(2019年7月8日~2019年8月11日)
最近約1ヶ月間の輸入感染症の発生状況について、国立感染症研究所の感染症発生動向調査を参考に作成しました。出典:https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2018.html
(1)経口感染症:輸入例としては細菌性赤痢1例、腸管出血性大腸感染症17例、腸チフス・パラチフス2例、アメーバ赤痢7例、ジアルジア2例、A型肝炎2例、E型肝炎3例が報告されています。腸管出血性大腸感染症は前月と同様に増加しており、11例が韓国での感染でした。
(2)昆虫が媒介する感染症:デング熱は26例で、前月(22例)より増加傾向にあります。感染国はベトナム(5例)、フィリピン(4例)での感染が多くなっています。今年のデング熱累積患者数は200例で、昨年同期(84例)に比べて倍以上に増えました。チクングニア熱は7例で、全例がミャンマーでの感染でした。チクングニア熱はデング熱と同様にネッタイシマカ(昼間吸血)が媒介するため、流行地域では昼間の蚊の対策に心がけてください。マラリアは6例で、5例がアフリカ(ナイジェリア2例、ウガンダ、ガーナ、モザンビーク各1例)、1例がアフガニスタンでの感染でした。
(3)その他:麻疹が3例で、感染国はベトナム(2例)とウクライナでした。風疹は2例で、感染国はいずれも中国でした。米国でコクシジオイデス症に罹患した事例が報告されています。この病気はアメリカ大陸で流行しており、土壌中の真菌を吸い込んで感染し、肺炎などの症状をおこします。
・今月の海外医療トピックス
中高年者と母子手帳
母子手帳の予防接種欄はトラベルクリニックで診療方針を立てるために大切な資料です。小児や留学前の学生さんは、来院時に多くの人が母子手帳を持参しますが、ビジネスや観光で渡航する中高年者は、母子手帳を持参する割合がとても少ないのが現状です。とくに男性はほとんどがお持ちでなく、「母子手帳はありますか?」と尋ねると、なんとも恥ずかしそうな表情で「ありません。母親に聞いたほうがいいですか?」というお返事をされます。2014年に当センターで実施した『海外渡航した成人の予防接種記録の保存状況と必要性に関する調査』(日本渡航医学会誌10.S:85, 2016)でも、「母子手帳を保管している」と回答した人は、調査対象者97人中26人(35.6%)と大変少ない結果でした。このように母子手帳の所在を知らない中高年者が多い一方で、ご自分の「へその緒」の保存場所についてはご存知の方が多いようです。
母子手帳はご自身の幼少時からのワクチン接種歴が記録してある大変貴重な資料です。海外渡航中に麻疹や風疹にかかる人が増えている中、母子手帳のワクチン記録をもとに渡航前のワクチン接種計画を立てることが出来ます。中高年者にとって母子手帳は無用の長物ではなく、「へその緒」以上に大切な宝物です。ご自身の母子手帳の行方をご存知ない方は是非、この機会に確認しておきましょう。(医師 栗田直)
・渡航者医療センターからのお知らせ
第23回渡航医学実用セミナー(当センター主催)
今回は「蚊媒介ウイルス感染症」と「海外の医療情報」をテーマに下記の日程で開催します。また、本年7月から診療を開始した新病院の渡航者医療センターもあわせて見学できます。是非、ご参加ください。
・日時:2019年9月19日(木) 午後2時00分 ~ 午後4時45分
・場所:東京医科大学病院9階臨床講堂(西新宿の旧病院に隣接する新病院になります)
・対象:職種は問いません(どなたでも参加できます) ・参加費:無料 ・定員:約200名
・申込方法:当センターのメールアドレス(travel@tokyo-med.ac.jp)まで、お名前と所属をお送りください。ご返信はいたしませんのでよろしくお願いします。
・プログラム(詳細は当センターHPをご参照ください)http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/tokou/seminar.html
「近年のデング熱およびジカウイルス感染症の流行域の拡大」 国立感染症研究所 林昌宏先生
「検疫所ホームページFORTHの活用法」 成田空港検疫所 田中一成先生
「外務省が発信する海外の医療・安全情報」外務省診療所 金武和人先生