産業観光、ビジネス化への課題と期待-横須賀市とノリタケの成功事例
地域経済を活性化し、海外からも注目される理想的な観光素材としても有用な産業観光プロジェクト。すでに日本に根付きつつあるといい、これから参入しようとする企業も少なくないという。全国産業観光推進協議会が先ごろ開催したシンポジウムでは、産業観光での成功例である横須賀市とノリタケカンパニーのケースをもとに「理想的なビジネスモデル」についてパネルディスカッションが行なわれた。主に企業側に向けであったが、今後、地域観光やインバウンドなどで旅行会社が産業観光に取り組む上で、参考になる内容も多い。
CSR目的の実施が43%、事業収入の確保が課題
全国産業観光推進協議会の開催したシンポジウムは、同会副会長でJR東海相談役の須田寛氏のあいさつののち、同会特別顧問で機械産業記念事業財団会長の福川伸次氏の記念講演で幕を開けた。福川氏によると、「産業観光」とは“歴史的、文化的価値のある産業文化財(古い機械器具、工場遺産等のいわゆる産業遺産)、生産現場(工場、工房、農・漁場等)、産業製品を観光対象(資源)として人的交流を促進する観光活動をいう”と定義づけられている。
戦後の高度経済成長を経て産業も大きく発展した日本だが、現在は他の国々に「後れを取っている」という福川氏。「消費者のニーズに合わせたモノづくりをしてこなかったのが原因」だというが、産業観光は訪れた客の関心を探ることで市場の動向を探る絶好の手段となるといい、日本の産業競争力の「希望の星」になる可能性もある。
次に登壇した日本観光振興協会常務理事・総合研究所長の丁野朗氏は、産業観光の現状を説明。丁野氏によると、産業観光に取り組む企業の多くはCSR(社会貢献)を目的としており、アンケートに答えた企業のうちの実に43%にのぼる。工場などの施設を公開することに伴う出費は意外と多く、それを上回る収益を得ている企業は少ないのが現状。むしろ赤字であるところが多いようだが、それでも続けているのは社会貢献という大義があるからだ。
だが回答企業の1割は「収益を見込める事業」として産業観光に取り組んでいるが、実際に収益を得ているか、もしくは「トントン」と回答した企業は食料品、飲料、繊維産業で28%。収益を見込んでいるものの回収できていない企業も多い。持続性の確保、地域経済への波及性など産業観光を成功させるためには課題も残る。
CSRの一環として取り組むにしても、赤字続きでは持続することが困難になる。事業収入の確保をはかるべきで、これには業種によってさまざまに戦略の工夫をしなくてはならない。飲食料品なら工場見学限定の商品販売や自社製品を飲食できるレストランの併設などがそれにあたる。また、既存の工場を見学させるのではなく、“見ていただくための工場(ファクトリーパーク)”を建設するといった「新しい発想」で、より魅力を増した成功例もある。さらにはブランド化戦略やマーケティング戦略によって多角的に企業イメージを高めることも可能。単に商品販売や入場料で収益を上げるのではなく、ブランドイメージアップなど間接的なメリットの向上をはかっていくのが望ましいという。海外で事業展開している化粧品会社では、海外顧客インセンティブツアーによって高収益を得たケースもあり、戦略は実にさまざまであることがわかる。
横須賀市の経済効果は5億円
ノリタケは10年間で400万人訪問
続いて行なわれたパネルディスカッションでは、多摩大学経営情報学部教授で全国産業観光推進協議会理事の望月照彦氏が司会を担当。パネリストには前出の須田寛副会長、横須賀市長の吉田雄人氏、高級洋食器のノリタケカンパニーリミテド経営管理本部総務部長 の鈴木幹根氏、そしてローカルファースト研究所代表取締役の関幸子氏という顔ぶれだ。
まず成功例として吉田市長が横須賀市の取り組みを話した。横須賀市では米海軍基地があることから、「基地の街」というイメージがある。これはひいては「犯罪が多そう」などネガティブな印象を与えることが多いことから、これまでこうしたイメージを払しょくしようとやっきになっていたが、失敗。逆の発想から軍港を活用して観光戦略に組み込めないかと考えたという。
基地イメージに合わせた民間商品を開発したほか、軍港めぐりツアーの企画、どぶ板通りを整備して活性化した。アメリカ軍のレシピで作った「ネイビーバーガー」や「チェリーチーズケーキ」はチェーンレストランなどのオファーを断りここでしか食べられないご当地グルメの地位を確立。横須賀でアメリカの雰囲気を楽しめるとして年間12万人が訪れ、経済効果5億円を生むまでに成長した。「人と金の流れを作るビジネスモデル」である。
一方のノリタケはCSRの色が強い。2001年に創業100周年を迎え、「100年の恩を土地を傷つけることなく返したい」と、敷地内に『ノリタケの森』を造成。障がい者や中学生以下の子どもには無料開放し、都会の中のオアシスを提供している。もちろんショップやレストラン経営、またノリタケの作品世界を堪能できるギャラリーも併設しており、収益を得つつ商品ピーアールの場ともなっているが、消防署の主催する防災意識の啓蒙イベントや帰宅困難者の支援ポイントにも指定されていることから、地域に根差し名古屋になくてはならない重要な場所となっているという。
これまでの10年間で400万人が訪れたといい、地域にしっかり根差した優良事業だ。維持費はかなり高額にのぼるというが、公益性が高いため、鈴木氏は「ひくにひけない」と話す。
資金の循環と地域定着化がポイント
前出の2例から、須田氏は持続できる(サステナブルな)ビジネスモデルとは、「資金が循環していること、そして地域に定着することがポイント」だと説く。産業観光にはシンプルで現実的なファクトリー型(食品、化粧品会社など)、維持経費を来館者に負担させることができる博物館・美術館のほか、体験型で「釣った魚を客に買わせる“釣り堀型”」といったスタイルがあるが、いずれにせよより多くの客を呼ぶにはその周辺地域でもお金を落とせるような体系が必要だという。一社だけでなく、地域一体となってサポートし合うことが大切だ。
こうした産業観光プロジェクトを立ち上げるのは、産業のあるところならいいが、そうでないところはどうか。関氏は「自分の持っているものを見直してみてほしい。今あるもので産業観光は十分作れる」と言う。
秋葉原や三重県の高校生レストランの例をあげ、何もないところから産業を作ることは可能だとする関氏。人が中心となることでたとえ小さな集落でも産業を作り上げることができるのだという。特に今年は震災からの復興再生とともに産業を作っていくことが可能。たとえばクリーンエネルギー技術を世界へ発信するとか、漁業と観光の調和といったことが考えられ、注目されることは必至だ。こうしたなかに旅行会社も入り込み、将来を見据えて一緒に取り組んでいくことで、収益確保とともに新しい観光の提案も可能になるのではないだろうか。