取材ノート:日本型「ラグジュアリートラベル」−ブロッサム・ジャパンより

  • 2011年3月9日
ラグジュアリートラベルの裾野が拡大
「上質な旅」求める多様な客層がターゲットに


 メリルリンチの定義によると、「富裕層」とは「100万米ドル以上の投資資産を保有する個人」とされている。日本人富裕層の人数は、同社による2009年の調査でアジア大洋州地域の54.6%と依然として高い。一般的に「一億総中流」といわれる日本では、富裕層市場はなかなか見えにくい。が、直販化、旅行代金の低廉化が進む旅行業界において、旅行会社の知識や手腕をいかすことができる市場として期待されている。今年1月に、日本で初めて開催されたラグジュアリートラベル・マート「ブロッサム・ジャパン2011」に参加したバイヤーの話から、日本の旅行業界におけるラグジュアリートラベルの現状を探った。
                
                 
幅のある日本のラグジュアリーマーケット
「単価」だけではなく「質」の追求


 一口に「富裕層市場」といってもターゲットは各社によって様々だ。

 ブロッサム・ジャパンに参加していた旅行会社や、プライベートツアー手配会社が取り扱う客層には幅がある。例えば、資産家や会社経営者といった平均旅行単価が200万円を超える富裕層を取り扱う会社もあれば、ヨーロッパなどの方面へ1人30万円から40万円の旅行をするシニア層やハネムーン客を対象とする旅行会社もあり、先述の「富裕層」という言葉の定義にすべての顧客が合致するとは限らない。

 むしろ、金融資産ベースで顧客のターゲットを絞り込むケースは少なく、多くのバイヤーが富裕層市場というより「ラグジュアリートラベル」市場とくくり、「上質な旅」を求める結果、消費を惜しまない客層をその対象としている。

 例えば、芦屋で旅行サロンを開くブルーム・アンド・グロウ代表取締役の橋本亮一氏は、「ファーストクラスでハワイに行き、高級ホテルに泊まるような商品単価が高い旅行だけでなく、誰も知らない隠れ家風の貸別荘や一般的な観光客が行かない海を眺めながら楽しめる素敵なレストランをご紹介するのも、ラグジュアリートラベル」と、質の高い旅を追求するためにある程度の金額を支払う客層を対象にしている。


オーダーメイドやカスタマイズが主流
ハイエンドのツアーもプライベート感、安心感を提供

 
 このような「上質な旅」を求めるラグジュアリー層の特徴は、オーダーメイドの旅が主流であることだ。「マスマーケットとの違いはその人だけのオリジナルの旅行というところ」と、挙式やハネムーンを取り扱うセブレアトラベルのトラベルプランナーである牧野尚美氏も話す。

 また、阪急交通社メディア営業二部商品開発係の松村信一郎氏は、「当初はツアーを組むことを考えていたが、旅行経験が豊富な方ばかりで、現地でも変更がきくような自由度の高い旅行を求めるお客様が多いことがわかってきた」という点から、今期からは「1組限定」の旅行を設定しはじめた。専用のパンフレットは「あくまでもたたき台」として大半の顧客が旅行をカスタマイズしている。

 28年前からシニア層を中心とした富裕層向けツアーを造成、販売しているビッグアップルコーポレーションでも、顧客のリクエストに応じて日程を作成し、平均15名程度のプライベートツアーを組んでいる。代表取締役の元村豊氏は「他のグループと一緒に旅をしてはどうかと提案しても絶対一緒に出来ない。知らない人たちと行くことは好まない」と、ツアーであってもプライベート感を重視する傾向があるという。

 一方、パッケージツアーが積極的に利用されるケースもある。百貨店の上顧客向けに旅行商品を提供する三越旅行部海外企画営業担当課長の高野祐美子氏は、「普段、ヨーロッパなどインフラが整っている都市へはご自身で手配をする60代のアクティブシニアも、リスクを感じるエリアに行く場合には、保険をかける意味でツアーに参加する」とし、南米、ペルー、インド、スリランカ、南アフリカといったデスティネーションが伸びているという。


信頼関係で成り立つラグジュアリーマーケット
課題は固定客の高齢化


 こうした富裕層の旅行者を取り扱っている旅行会社には固定客がついている。カード会社など一定以上のステータスの顧客や会員をターゲットとして商品を提供する場合もあるが、富裕層を取り扱う旅行会社は長い年月をかけて顧客と信頼関係を築き、その要望に応えている。

 例えば、法人や経済団体の旅行を扱う関係で個人客を取り扱うこともあるというミヤコ国際ツーリスト営業部部長の黒澤一成氏は、「お客様とのおつきあいの期間が長く、一番長い場合で10年」だという。顧客との強い信頼関係があるためか、旅行について選択を一任されることも多いという。また、シルバーシー・クルーズ筆頭副社長アジアパシフィック担当のスティーブ・オデル氏が「ラグジュアリービジネスで最も重要なのが口コミや紹介」と指摘するように、新規顧客を獲得するためにも顧客と旅行会社、旅行商品を結ぶ紹介元との「信頼関係」の構築が重要となる。

 ただ、長年の固定客がついている旅行会社の多くが「高齢化」を課題として挙げている。手配旅行を主に取り扱う大手旅行会社の担当者も「お金があってもお客様の体がついていかなくなってしまう」という。また、三越の高野氏も「年齢層が入れ替わりのタイミング。20年来のリピーターも70代、80代と高年齢化している一方、60代前半のいわゆるアクティブシニアが入ってきている」というなかで、ツアーでアクティブシニアと高齢者の動きが合わないという。しかし、三越では最大12人という少人数のツアーを催行しているため、すべての顧客の要望に応えなければならないという難しさがあるという。


新たなラグジュアリートラベルへのアプローチ
消費性向の高さをターゲット層に


 一方、従来の富裕層という切り口ではなく、消費性向の高い顧客をターゲットとしてラグジュアリートラベルを提供するケースも存在する。

 例えば、楽天トラベルでは通販オンラインショップ「楽天市場」での使用頻度や消費額に応じて会員のランク付けがあるが、そのなかでも消費性向が高いプラチナ会員をハイエンド旅行商品のターゲットとしている。楽天トラベル国際営業部国際ホテル第2営業グループマネージャーの幅屋太氏は、「ハイエンドというと本来は所得が多い人を指すと思うが、弊社ではそのような富裕層も含め、より消費する人たちを指すと考えている。プラチナ会員が高所得者かどうかは不明だが、そういう客層の方は価値があると思えば高級品も買うし、宿泊費の高い旅館やホテルも泊まる」と説明する。

 しかし、幅屋氏は海外ホテルを仕入れる際、サプライヤーとの期待値とのすりあわせが難しいという。海外のサプライヤーが「富裕層」の顧客を期待する一方、日本で「上質な旅」を求める層は、「富裕層」に限定されるとは限らないのだ。そのため、サプライヤー側と日本の旅行会社との間に認識の差が生じ、現地での滞在費や時間の過ごし方など日本人旅行者に合ったものを探しづらくなってしまう可能性がある。

 そういう意味でもブロッサム・ジャパンは、海外のサプライヤーに富裕層市場という枠を超えた、質を追求する「日本型」のラグジュアリーマーケットを、理解してもらう機会でもあったと思われる。


取材:安井久美