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取材ノート:強みをいかしたビジネス展開−専門旅行会社の事例

  • 2010年3月30日
価格競争からの脱却へ、強みをいかしたビジネス展開を
〜JATA経営フォーラム パネルディスカッションから〜


 価格重視といわれる消費者に選ばれるには、より安い料金設定しかない。旅行業界のそんな風潮のなか、価格競争に陥ることなく安定した営業を続ける旅行会社もある。大企業ではないが、リピーターに支えられ、また口コミなどによって着々と新規顧客も開拓する。そうした企業に共通しているのは独自の強みをいかしたビジネス展開ができていること。専門性の高さで勝負する旅行会社から、価格競争を抜け出し未来を生き抜くヒントを学びたい。
      
           
             
強みとなるのは専門性、ターゲット層の特化も

 先月開催されたJATA経営フォーラム2010のパネルディスカッション「自社の『強み』をいかしたビジネスとは」には、モデレーターにトラベル世界代表取締役社長の今真純氏、コメンテーターとして道祖神の創業者である熊沢房弘氏、アルパインツアーサービス代表取締役社長の黒川惠氏、旅工房代表取締役社長の高山泰仁氏が登壇。旅行会社の強みやその見つけ方、伸ばし方、消費者へのアプローチなどについて、それぞれのビジネス展開をもとに見解を述べた。

 今回、コメンテーターに招聘した3社は、「独自のマーケットを持つ」ことが強みとなっている。道祖神はアフリカ専門の旅行会社で、初心者向けのケニアや南アフリカといった定番商品から、オートバイで大陸を駆けぬけるツアーといったコア層向けの商品まで取り揃える。“売れ筋”はなく、募集型企画旅行を顧客のリクエストベースで作り変え、受注型企画旅行として販売することが多い。募集人数を現地で1人の添乗員がハンドリングできる数におさえているため、旅行代金は比較的高額になるが、顧客満足度が非常に高くリピーターがほとんどだという。

 アルパインツアーサービスは日本の登山ツアー専門旅行会社のパイオニア的存在で、「高所旅行の専門業者」。登山ツアーが事故や高山病といった危険と隣りあわせであるなか、ヒマラヤ山中に救急診療所を設立するなど、現地自治体や関連企業などと協力してリスクを減らす努力もしてきた。取り扱いエリアは「山があるところなら世界中が対象」であり、こちらもやはりリピーターが固定の顧客層である。

 どちらも古くからひとつの専門性だけを追求してきた強みがあり、それがリピーターを呼ぶポイントだ。深い興味と綿密な準備が必要なフィールドであるだけに事前の情報収集が必須で、インターネットなどなかった時代から口コミ情報がかなり重要視されてきた。そのため、この分野の旅行の“上級者”であるリピーターの御用達旅行社であれば新規顧客もつきやすい。専門性の高さが信頼を生み、信頼が顧客を増やすといういい例だ。

 一方、インターネット時代の専門旅行社といえるのが、旅工房だ。同社はインターネットでの格安航空券販売からはじまり、現在はインターネット専門で「団体旅行」「医者の国際会議」「業務渡航」を専門に取り扱う部署を設立。専門性を“売り”にしているが、その分野は多岐にわたる。また、若者市場もターゲットとしていることから価格も追求した商品も販売する。

 同社の一番の強みは、徹底した柔軟性だ。自社商品だけでなく他社商品も積極的に販売し、カフェやネイルサロンといった異業種ビジネスとのコラボレーションによる宣伝活動を展開するなど、多様な形で顧客開拓と顧客満足の追求をはかっている。また、「企画」「手配」など担当を分業せず、1人の客に対し予約から出発までを1人の従業員が専属として世話をする。そうすることで顧客の好みを知り、的確に要望に応えることができるため、満足度が高くなると考える。「最終的には人による綿密なケア」というサービス面の充実をもって他社との差別化をはかっているという。


強みが顧客との良好な関係作りにも作用

 道祖神やアルパインツアーサービスでは添乗員付きのツアーがほとんど。ただし、現地では参加者それぞれが「自己責任」をしっかり負っていかなければ重大事故も起こりかねないため、利用客に対しても「自分のことは自分で」のスタンスを求める。道祖神の場合、時には顧客に対し「厳しいことをいうこともある」という。

 アルパインツアーサービスでも、現地の様子によって旅程を変えることは多い。旅行会社の提供するサービスとは安全保証が優先されるものであり、なにもかも参加者の思い通り、至れり尽くせりというものでもないのである。「できないものはできない、だめならだめ」とはっきりいうことで、信用度が上がることもある。初めての顧客には驚かれることもあるというが、それでもリピーターはついてくる。熊沢氏は「利用客への厳しさも個性と受け止めてもらっている」といい、このことからも専門性、信頼性の高さゆえ、顧客といい関係が築けているといえるだろう。


社員登用・教育にも強みをいかす工夫

 強みをいかして顧客といい関係を築くためには、社員の素養も関係がありそうだ。各社とも専門性を大切にしていることは変わらないが、特殊なデスティネーションを扱う2社に関しては、専門性が高いだけに「長く使える」社員をおくことが必須。もちろん業務や取り扱い内容に興味があることも大切だが、専門家としてモノになるまで時間がかかるだけに、人材の見極めが非常に重要だという。道祖神では専門家を1人しかおかなかったために、その人が辞めた後は商品の供給ができなくなったこともあるといい、新卒は採用しないなど慎重だ。

 反面、旅工房は新卒を中心に若者の採用に積極的だ。事前のヒアリングでアジアが好きな人はアジア担当に配属し、研修を経て4月からすぐに手配ができるよう教育している。さらに同社では「自分の給料は自分で稼ぐ」ということを明確にし、入社後の社員には家賃、宅配便などの経費と利益とのバランスを理解してもらうため、1日の契約数で赤字となったか黒字だったかを報告させている。販売スキル以外でも、デスティネーションの知識向上で社内にも厳しい競争があるといい、いい刺激になっているようだ。

 アルパインツアーサービスの黒川氏は、現在の価格競争に対し「マーケットニーズがあるのだろうが、それは後づけの理由」と断言。「安くなければ売れないという思い込み」があるのではないか、と語りかける。各社にある独自の“強み”を見直し、それをいかす方法を考えること。それが、価格以外で消費者に選ばれ、そして繰り返し利用してもらえる旅行会社となるポイントである。


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