取材ノート:いかに「危機」と向き合うか−新型インフルなど踏まえ議論

  • 2009年10月13日
 4月末からの新型インフルエンザ騒動で大きな打撃を受けた旅行業界。インフルエンザ以外にも自然災害、テロなど、旅行に関連するリスクは数多く存在する。旅行業界はこれらのリスクにどう向き合うべきか。JATA国際観光会議「ツーリズムと危機管理」のシンポジウムでは、タイ国政府観光局政策企画担当副総裁のスラポン・サウェートセラニー氏、リスクマネジメントの第一人者として知られる亀屋代表取締役社長の山正晴氏、近畿日本ツーリスト(KNT)専務取締役の越智良典氏が、新型インフルエンザ対策を含む危機管理について語った。


旅行業も「リスクを友とする産業」へ

 国際リスクマネジメント・コンサルタントである亀屋代表取締役社長の山崎氏はテロ、地震、犯罪、民族紛争など、旅行業界に甚大な影響を与えるリスクへの対処として、リスクを「友」と考えることを提案。これは、「消費者がリスク産業に求めるのは価格より安全性、信頼性、柔軟性。旅行業をリスク産業として捉えると、逆に積極的な付加価値の高いサービスとして売っていけるのではないか」との考えに基づくもの。かつて、エルサレムへの聖地巡礼者を対象として、万全の危機対策と行き届いたサービスで大成功を収めたベニスの商人たちのように、リスク情報の提供や有事の際のバックアップ体制確立などのBCPプラン、リスクに見あった追加安全策の提供などにより、信頼感の向上、ひいては売上や利益増をはかることが可能だという。

 また、山崎氏は日本企業と欧米企業の対応の違いにも触れた。2001年9月11日の同時多発テロ後の対応として、日本企業は不要不急の海外出張は目的地にかかわらず6ヶ月以上禁止とするところが多かったが、欧米企業は最短48時間からと短期間で通常体制に復帰。日本企業のこの間の経済的損失は大きかっただろうという。リスク回避のためにできるだけのことを実施し、残りのリスクを受け入れて前進する欧米企業の、リスクに立ち向かう姿勢からヒントを得ることも重要だ。「リスクはもう一つの経営資源」であり、リスクを「友」にできれば会社発展の一因にもなり得る。


旅行業の新型インフルエンザ対策には心理面のカバーも必要

 秋以降の「第2波」も懸念される中、旅行業界は新型インフルエンザに対してどう向き合うべきなのか。KNTの越智氏はまず、今回の新型インフルエンザにより、旅行の経済効果が従来よりも認知される結果となったと語る。つまり、今回大阪や海外への修学旅行を中心に延期や中止が相次いだことで、一般メディアの報道も手伝って逆説的ではあるがその経済効果が注目されたというわけだ。越智氏によると、修学旅行の効果は交通、宿泊を含め総合的に考えれば7000億円の規模という。

 とはいえ、新型インフルエンザによる旅行客減少の影響は甚大だ。危機的状況が発生した時、日本市場の回復は他の国より時間がかかる傾向にあるとよく言われる。リカバリーの時間短縮に向けて何をすればいいのか。

 越智氏はこの課題に対して、海外での重大事件発生時の危機管理では発生直後、再開期の対処とあわせて回復期に旅行者の心理的な面をカバーするために、新聞広告やイベントなどを通じたリカバリーキャンペーンを実施し、回復を早めることも重要と指摘する。一方、航空会社は機内換気システムやフィルターで安全策を講じているが、一般消費者へのさらなるピーアールが必要だろう。また、秋以降の対策としては、毒性が弱いのであれば10月から12月も通常通りオペレーションを続けていくことが大事なのではないかと話す。その上で、「経済、文化、社会の発展のために役立つ観光旅行は“不要不急”ではないと思う」と旅行の重要性を強調。KNTとしては、安全や安心に関する専門家の監修などのもとで「シートベルト付きの海外旅行」の実現をねらっているという。


新型インフルエンザの情報伝達と社会的リスク

 情報伝達のあり方はどうか。正確な情報を適切に消費者に伝えることが、風評被害の回避につながる。逆に、諸外国の観光関係者から「過剰」とも言われる日本市場の反応が、一般メディアによる報道姿勢によるものとの指摘もある。タイでは、日本と同様に新型インフルエンザの発生当初は情報が錯綜し、混乱した時期があったものの、厚生省大臣が毎日開催していた記者会見の頻度を週1回に減らし、回復した患者がいることをアピールすることで加熱した報道の沈静化をはかったという。

 サウェートセラニー氏は、「噂は心理的に事実より楽しめるもの」とし、事実を伝えるための科学的事実は概してつまらなく聞こえてしまうことが多いが、消費者も賢くなってきているため、「事実も噂と同じスピードで提供していくことが大事」であると強調。越智氏は日本ではテレビ局が視聴率をとるため、視聴者の右脳に働きかけるようなセンセーショナルな番組作りをしているが、これを逆手に取ってポジティブなメッセージを発信して感情に訴えた方が、旅行者数の回復が速くなるだろうという意見を述べた。

 一方、会場からは「マスク」の印象について意見が上がった。この意見は、アメリカなどでは「マスクをしている人が病原菌を持っている」という印象があり、日本人がマスクをして歩くことは、「日本はインフルエンザに汚染されている」というイメージを与えてしまうというもの。確かに、大勢のマスクを着用した日本人が街を歩く映像が海外のメディアで放映されたことが、訪日旅行需要の低下の一因となったことは想像に難くない。

ただし、アウトバウンドに目を向けると、マスクをして海外旅行に出かける日本人旅行者をどう捉えるかは意見が分かれるかもしれない。本来、人間である以上病気は避けたいものであり、社会全体が旅行をリスクとして捉える中、旅行業界としては「マスクをしてまで行って頂けるありがたいお客様」ともいえる。この場合、消費者の旅行マインドの維持と安全性の確保をどう両立するがポイントとなり、越智氏の「シートベルト付きの海外旅行」もその方法論の一つといえるだろう。


取材:安井久美