現地レポート:タイ 観光地のユニバーサル・デザイン化進む
需要高まるバリアフリー旅行
タイが観光地の“ユニバーサル・デザイン化”に意欲
このところバリアフリー旅行の需要が高まっている。希望の多い旅先は多々あるけれど、実際に商品造成ができる場所は限られているのが現状だ。その理由は、現地の受け入れ態勢の有無と、その情報量。「車椅子で旅行したい」といわれただけで断ってしまうケースも多いが、実はちょっとした工夫で旅行が可能になる。現地の受け入れ態勢が整いつつあるタイのバンコクとパタヤで、ユニバーサル・デザインのコンサルタントであるバリアフリーカンパニー代表の中澤信氏とともに、タイのユニバーサル・デザイン度を検証した。
観光地もユニバーサル・デザイン化。施設それぞれが努力
日本の少子高齢化が進むなか、シニア層の旅行者は依然として増える傾向にあり、それにあわせた旅行商品が登場しはじめている。その最たるものが、「ユニバーサル・デザイン旅行」だ。以前はよく「バリアフリー旅行」などと表現されたが、「車椅子利用者のため」「高齢者向け」などと限定したイメージがされやすいため、「可能な限り多くの人が利用できることをコンセプトに持つ設計」という意味の「ユニバーサル・デザイン」という言葉を使うケースが増えている。
ユニバーサル・デザインは特定の人ではなく、健常者はもちろん、なんらかの障害を持つ人や、障害とはいえないまでも手や足が上がりにくいといった人まで、どんな人でも便利に利用できることを目的にしている。ユニバーサル・デザインの旅行商品が増えつつあるが、ネックになるのは現地の受け入れ態勢だ。
欧米諸国や日本では公共施設などのユニバーサル・デザイン化の法制化が進み、段差をなくして手すりなどを取り付ける施設や場所が増えているが、東南アジアでは未整備のところが多い。そんななか、東南アジアきっての観光大国であるタイが“ユニバーサル・デザイン先進国”に追いつき、より多くの旅行者を受け容れることができる観光地をめざして整備を開始している。
人力による補助が要るも、おおむね見学には問題なし
車椅子での参加種目があるパタヤマラソンの開催地として、パタヤは町をあげてのバリアフリー化に積極的だ。レストランやステージ鑑賞のアクティビティでもスロープを取り付け車椅子でも楽に動くことができるよう配慮されている箇所が多い。
ニューハーフ・ショーのティファニーでは入り口にスロープが設けられているほか、エレベーターもある。車椅子の場合は広いスペースのあるVIPルームでの鑑賞がおすすめだが、そこまでに数段の階段があるため人力で持ち上げることになる。施設のスタッフが手伝ってくれるので特に問題はないものの、やはり人手がいるので現地へは早めの到着や事前にスタッフに知らせておくのが望ましい。
ゾウのショーが見られるノンヌック・トロピカルガーデンでは観客席が数段高くなっているため、車椅子では客席の手前で鑑賞することになるが、それ以外は完全にバリアフリーだ。園内散策はトロリーがあるので歩行が困難な人でも一周することができる。車の乗り入れもできるので、車から降りられない人でも十分景色を楽しむことができるだろう。
バンコクでは王宮とワット・ポーを見学した。どちらも可動式のスロープが取り付けられている箇所があったが、エメラルド仏や涅槃仏といった目玉ともいえる展示物までは少々急な階段が数段ある。ここでも車椅子の場合は人力による補助が必要となるが、やはり施設のスタッフが手伝ってくれるので見学が可能だ。
このように、人力による補助があれば見学ができるケースが多数ある。それはタイに限ったことではないが、タイの場合は特に事前に手配していなくてもスタッフが気軽に手伝ってくれ、また仏教の教えによる道徳心からか、たまたま居合わせた人がすぐに助けてくれるという場面によく遭遇した。ちょっとした手伝いが必要な人でも安心して訪れることができるだろう。
バリアフリーの旅行に適したローカルムードのアクティビティ
また、中澤氏が絶賛したアクティビティは、バンコク近郊にあるバーンナムフン水上マーケットだ。こちらは水上マーケットとはいうものの、川のほとりの遊歩道沿いにあるだけで舟などに乗るわけではない。車から降りてマーケット内までずっと整備されたなだらかな小道なので、目の不自由な人や杖をついている人も動きやすい。事前にクーポンを購入することもできるので、現金のやりとりをしなくてすむ。しかも余った分は払い戻しが可能。観光客用の整備がされていながら地元の人々に人気のある市場であるため、ローカルの生活の様子を垣間見ることができる。食べ物の屋台が多いので、観光中に朝ごはんを食べるのもいいだろう。
ここでの最大の利点は、それだけローカルな施設でありながら障害者用の休憩施設が併設されていることだ。トイレも車椅子で入れる広い洋式のものなので、足腰が弱まった方や高齢者などで和式トイレのようにしゃがむタイ式のトイレが辛いという人にもありがたい。ベッドも用意されており、万が一、体調を崩したときにも安心だ。ローカル体験ができる場所はトイレもローカルなのが一般的であるなか、これは大変にうれしい施設である。
改良点も大工事は不必要。繁忙期になる前がチャンス
ホテルも、ユニバーサル・デザインを取り入れるところが増えている。パタヤの「ロイヤルクリフ・ビーチリゾート」が車椅子用に低めのチェックインカウンターを設けたり、可動式のスロープを部屋の段差に取り付けたりと、ところどころに配慮が見られる。ただし、自力で立ち上がることができる人までの利用であり、車椅子でバスルームまで入ることは想定されていなかった。これを受け、同ホテルセールスマネージャーの清田圭祐氏は「宿泊客が少ない時期が改修工事のチャンス」と語り、より多くの人に使いやすく工事したい意向を示した。
また、昨年リニューアルオープンしたばかりのバンコクの「ラマダプラザ・メナムリバーサイドホテル」はバリアフリーの客室数が日本や欧米の基準と比べても突出して多く、23室を擁する。車椅子でバスルームの中まで入ることができ、介助が必要な人にも使いやすい部屋となっている。一部手すりの位置が高すぎるなどがあったが、改良も簡単にできるだろう。
ほかに、アマリアトリウムにも9室のバリアフリーの客室があった。こちらも車椅子のままバスルームに入ることができ、自立歩行ができない人でも利用できるつくりになっていたが、やはりカーテンの位置など若干の改良点が見出せた。
アミューズメント施設や公共の交通機関(地下鉄、BTS)では、スロープや車椅子利用者用のトイレなどを設置してはいるものの日常的に使用されていないため、使用の度に係員を呼ばなくてはならなかったり、メンテナンスが必要なこともあった。とはいえ、すでに設置されているものは少々の改良をするだけでよく、設備がない場所でも少し工夫するだけでだいぶ使い勝手が違ってくる。可動式のスロープや手すりがあれば、どんな施設でも「バリアフリー」になり、ユニバーサル・デザインに近づく。
タイ国政府観光庁では今後、各観光地や施設の設備を調査してリスト化し、情報発信して、より多くの人々が気軽に楽しむことができるデスティネーションをめざしていくという。バリアフリーやユニバーサル・デザインは法制化されてはいないものの、各施設や政府観光庁が積極的に取り組むことで、タイもさらに多くの人々にやさしい旅先になることは間違いない。今後に期待したい。
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◆キーワード:「ユニバーサルツアー」(1)、市場の高齢化で高まるニーズ(2009/08/25)
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タイが観光地の“ユニバーサル・デザイン化”に意欲

観光地もユニバーサル・デザイン化。施設それぞれが努力

ユニバーサル・デザインは特定の人ではなく、健常者はもちろん、なんらかの障害を持つ人や、障害とはいえないまでも手や足が上がりにくいといった人まで、どんな人でも便利に利用できることを目的にしている。ユニバーサル・デザインの旅行商品が増えつつあるが、ネックになるのは現地の受け入れ態勢だ。
欧米諸国や日本では公共施設などのユニバーサル・デザイン化の法制化が進み、段差をなくして手すりなどを取り付ける施設や場所が増えているが、東南アジアでは未整備のところが多い。そんななか、東南アジアきっての観光大国であるタイが“ユニバーサル・デザイン先進国”に追いつき、より多くの旅行者を受け容れることができる観光地をめざして整備を開始している。
人力による補助が要るも、おおむね見学には問題なし

ニューハーフ・ショーのティファニーでは入り口にスロープが設けられているほか、エレベーターもある。車椅子の場合は広いスペースのあるVIPルームでの鑑賞がおすすめだが、そこまでに数段の階段があるため人力で持ち上げることになる。施設のスタッフが手伝ってくれるので特に問題はないものの、やはり人手がいるので現地へは早めの到着や事前にスタッフに知らせておくのが望ましい。
ゾウのショーが見られるノンヌック・トロピカルガーデンでは観客席が数段高くなっているため、車椅子では客席の手前で鑑賞することになるが、それ以外は完全にバリアフリーだ。園内散策はトロリーがあるので歩行が困難な人でも一周することができる。車の乗り入れもできるので、車から降りられない人でも十分景色を楽しむことができるだろう。
バンコクでは王宮とワット・ポーを見学した。どちらも可動式のスロープが取り付けられている箇所があったが、エメラルド仏や涅槃仏といった目玉ともいえる展示物までは少々急な階段が数段ある。ここでも車椅子の場合は人力による補助が必要となるが、やはり施設のスタッフが手伝ってくれるので見学が可能だ。
このように、人力による補助があれば見学ができるケースが多数ある。それはタイに限ったことではないが、タイの場合は特に事前に手配していなくてもスタッフが気軽に手伝ってくれ、また仏教の教えによる道徳心からか、たまたま居合わせた人がすぐに助けてくれるという場面によく遭遇した。ちょっとした手伝いが必要な人でも安心して訪れることができるだろう。
バリアフリーの旅行に適したローカルムードのアクティビティ

ここでの最大の利点は、それだけローカルな施設でありながら障害者用の休憩施設が併設されていることだ。トイレも車椅子で入れる広い洋式のものなので、足腰が弱まった方や高齢者などで和式トイレのようにしゃがむタイ式のトイレが辛いという人にもありがたい。ベッドも用意されており、万が一、体調を崩したときにも安心だ。ローカル体験ができる場所はトイレもローカルなのが一般的であるなか、これは大変にうれしい施設である。
改良点も大工事は不必要。繁忙期になる前がチャンス

また、昨年リニューアルオープンしたばかりのバンコクの「ラマダプラザ・メナムリバーサイドホテル」はバリアフリーの客室数が日本や欧米の基準と比べても突出して多く、23室を擁する。車椅子でバスルームの中まで入ることができ、介助が必要な人にも使いやすい部屋となっている。一部手すりの位置が高すぎるなどがあったが、改良も簡単にできるだろう。
ほかに、アマリアトリウムにも9室のバリアフリーの客室があった。こちらも車椅子のままバスルームに入ることができ、自立歩行ができない人でも利用できるつくりになっていたが、やはりカーテンの位置など若干の改良点が見出せた。
アミューズメント施設や公共の交通機関(地下鉄、BTS)では、スロープや車椅子利用者用のトイレなどを設置してはいるものの日常的に使用されていないため、使用の度に係員を呼ばなくてはならなかったり、メンテナンスが必要なこともあった。とはいえ、すでに設置されているものは少々の改良をするだけでよく、設備がない場所でも少し工夫するだけでだいぶ使い勝手が違ってくる。可動式のスロープや手すりがあれば、どんな施設でも「バリアフリー」になり、ユニバーサル・デザインに近づく。
タイ国政府観光庁では今後、各観光地や施設の設備を調査してリスト化し、情報発信して、より多くの人々が気軽に楽しむことができるデスティネーションをめざしていくという。バリアフリーやユニバーサル・デザインは法制化されてはいないものの、各施設や政府観光庁が積極的に取り組むことで、タイもさらに多くの人々にやさしい旅先になることは間違いない。今後に期待したい。
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取材協力:タイ国政府観光庁、日本旅行業協会
取材:岩佐史絵