取材ノート:マンガやアニメが秘める「ソフトパワー」を観光に活かす

観光は文化資源の価値や気持ちの共有・交流が大切に

こうした動きの中で、商工会は版権元に交渉し、町独自のオリジナルキャラクターグッズを制作して町内の複数の商店にて販売。さらに作者や声優を巻き込んだ公式イベント開催などの企画を立ち上げ、ファンたちのために特別住民票の交付もするまで発展していった。
この鷲宮町の動きに対して、アカデミックな持論を展開したのが山村氏。アニメをはじめとしたメディアコンテンツと地域振興のあり方に関する研究をしている山村氏は、鷲宮町の事例を分析し、成功した理由のひとつとして(1)メディア(媒体)としてのコンテンツに高い質と魅力があったこと、(2)それを介して行なわれるコミュニケーションに敬意と愛があったこと、さらに(3)そこから生まれる交流に人間味があったことをあげている。日本の観光の流れを見ると、かつては商品を提供する企業主体の観光であり、有名観光地などの文化資源をそのまま商品化して取引し、消費されていたにすぎなかった。しかし現在はより選択肢が多様化する時代となり、「個」対「個」、双方向性からネットワークの時代へと入ってくると、観光は文化資源の価値や気持ちの共有・交流が大切になり、商品そのものではなく、ネットワークの接点をはじめとしたプラットフォーム作りがより重要になってくるとしている。
現実世界と創作世界の双方でアピールする効果

富山県南砺市を中心に活動するアニメ制作会社ピーエーワークスの菊池氏は、「true tears」の舞台を富山県とした理由を、夢や恋、友情について男女5人の高校生が思い悩み、等身大の青春時代を駆け抜ける懐かしくも切ない同アニメのストーリーにあった「都会にはない、富山という地方独特の空気感があるから」と説明する。
アニメの世界だからといっても創造の世界ではなく、実際に現地にあるものを作品の中に登場させることによってリアリティが増し、ファンたちは親近感が持てた。一方で、南砺市を舞台にしていながら同じ富山県内でも遠く離れた氷見の海岸が自転車ですぐに行けるという、現実ではありえない世界も作りだしているが、細部まで細かい描写をしているためアニメならではの世界観を形成。そういった面で実写映像とは違う富山県のアピールにもつながったという。
これからのキーワードは「地方の時代」

今後、世界はますますデジタル化が進み、マスの時代から個の時代へと移行していく中で、個人の情報発信が重要になる。どの地方であっても世界の中心になる可能性がある時代において、自ら街のブランディングをし、多くの人々にアピールできるようなプロデュースをしていくことが、地域振興とともに観光振興のキーワードになってくるだろう。今回のパネルディスカッションでは、こうしたキーワードとともに、最終的には「人と人との関わりあい」や「人の心」が必要であることが、改めて伝えられた。
取材:安田素久