ハワイ体験レポート−その6 ワイピオ渓谷のミュール・ワゴン・ツアー

  • 2008年2月18日
神聖なる“王の谷”の奥に広がる静かな楽園
〜ワイピオ渓谷のミュール・ワゴン・ツアー〜


ハワイ島は、島全体が宇宙と大地のエネルギーの渦「ボルテックス」に包まれていると言う人も多い。その中でも特に神聖な場所とされるのが、北部に続くいくつもの深い渓谷だ。ここは、ハワイ人の神話の古里であり、カメハメハ大王を生んだハワイ王朝の首都だったこともある場所。崖の洞窟には歴代の王が埋葬されており、それを「マナ」(霊力)が護っているのだという。展望台から600メートルの断崖の下に広がるワイピオ渓谷を見下ろせば、そんな伝承を素直に受け入れられる気持ちになる。展望台から見えるのは、渓谷のほんの入り口だけ。いよいよ、ワイピオ渓谷のツアーが始まる。
(現地取材:宮田麻未、写真:神尾明朗)


ジェットコースターのような傾斜度25%の細道

 ワイピオ渓谷に近づくと、車の窓から入ってくる風になんとも言えない不思議な変化が起きてきた。風の“肌触り”が違うのだ。すると、うねうねと続いていた道が突然終わり、目の前に断崖と海、そして深い緑に覆われたワイピオ渓谷が広がっていた。呼吸をするのを一瞬忘れてしまうほど強い感動で胸の奥が揺さぶられる。ここには何か特別な風が吹いている。ハワイの人々がいう「マナ」(霊力)なのだろうか。

 ワイピオ渓谷の展望台は、さらに北にあるワイマヌ渓谷へ続くトレイルの出発点でもある。深い谷をおり、渓谷を横切り、絶壁を登って次の渓谷へ行くトレイルは、片道約7時間。ワイマヌ渓谷でキャンプをする2日がかりのコースだが、地上の楽園を目指すトレイルとして世界のハイカーのあこがれとなっている。

 今回のツアーは自分の足で踏破するのではなく、四駆のジープとミュール(馬とロバの混血)の引く馬車を利用するお気軽コース。谷底までは舗装された道があるが、一般車は入ることができない。坂の傾斜は25%以上でカーブが多く、四輪駆動の車でもまるでジェットコースターに乗っているようにスリリングだ。この「スリル」もツアーの魅力の一つということなのだろうが、私は往きだけでも歩いて降りてみたかった。もちろん、帰りの登りは自動車に乗せてもらうのはありがたかったが。



野生のライムやノニ…ワイピオの自然に出会う

 遠くにヒイラウェの滝が見えてきた。この滝に水が流れ落ちるのは、1月から6月までの雨季のみ。降雨などの影響で、それ以外の季節でもこの幻想的な滝に出会うことができるという。滝は300メートルほどの高さから、ほぼ垂直に流れ落ちている。聖なる楽園にふさわしい、清冽な雰囲気。滝つぼのあたりからうっすらと霧が立ち登っているように見えるのも印象的だ。

 ここからミュールが引く馬車に乗り換える。乗り心地は決して良くないが、のんびりと進むミュールの歩みのリズムが楽しい。ガイドのBさんは、手綱をあやつりながら時折、周囲の花や木の葉をつみ、馬車の中にいる私たちに回してくれる。野生のライム、ノニ、マホガニーの木など、ワイピオの自然にさりげなく出会わせてくれているのだ。

 渓谷には曲がりくねったいくつもの流れがあり、馬車は小さなせせらぎをいくつも通っていく。ワイピオとは「曲がりくねった水」という意味だとBさんが教えてくれた。昨夜の雨でかなり流れが深くなっている川もあり、水量の調査中だというハイスクールの子供たちが水遊びをしていて、なかなか前に進めない。そんなのん気さも悪くない。途中で馬に乗って渓谷を巡るツアーの人々とすれ違った。馬なら、さらに谷間の奥まで行けそうだ。





古代の楽園に戻ったワイピオ渓谷

 ハワイの伝承によれば、ワイピオ渓谷を中心とした島の
北部は、ハワイ島で最初に人々が住み始めた場所。1828年
にワイピオに初めてやって来た宣教師、ウィリアム・エリ
スは渓谷に住む人の数を1300名ぐらいと推測していた。そ
の後、さまざまな国からの移民が住みつき、教会や学校か
らホテル、刑務所もあるコミュニティが谷間の奥まで広が
っていった。

 しかし、1946年に島を襲った津波がコミュニティを根こ
そぎ破壊してしまった。その当時の建物で残されているの
は、教会のコンクリート製の階段だけだ。それほど大規模
な津波でも死者は一人も出なかったという。

 今、ワイピオ渓谷の谷底は湿地帯が続いている。この土
地の権利を有するビショップ財団が、ハワイの伝統的な暮
らしや文化にかかわる人にのみ土地を貸すという方針をた
てているそうで、住民の多くはハワイの食文化や習俗に重
要な役割を果たすタロ芋の生産に携わっている。住民は70
人足らず。緑は濃く、ハイビスカスなどの鮮やかな花があ
ちこちに咲き、谷底は太古の楽園に戻ったような、ぬくも
りのある静けさに満ちている。