観光活性化フォーラム
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グリーン車の座席は、後ろ向きでは駄目か?〜法律豆知識(74)

地裁レベルであるが、ちょっと興味深い判例が出たので紹介しておこう。平成17年10月4日言い渡された東京地裁判決である(Lexis判例速報2005.12 VOL.2)。サービスを提供する業者にとっては、多くの教訓を与えてくれる貴重な判例である。

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▽事案
 スーパービュー踊り子号2号のグリーン車での話である。Aは、平成16年の正月休暇を家族とともに南伊豆で過ごした帰り、グリーン券を購入して乗車したところ、指定された座席は最後尾で、座席は後ろ向きで固定式であった。これでは到着まで後方のみを眺めざるを得ないので車掌に苦情を申し入れたが、満席で他の席に移動する事も出来なかった。

 そこでAは、このように後方に走り去る光景ばかりを視野に入れざるを得ない座席の提供は運送契約上の債務不履行であるとして、損害賠償として慰謝料50万円の支払いを求めて、訴訟提起した。

▽判決は?
 運送業者としては、特急料金及びグリーン料金を受け取った以上、それに相応する設備及びサービスを提供し、快適性を確保する債務を負ったと解するのが相当であるとした上、設備の内容につき、提供者に「裁量の余地」も認められており、本件座席がグリーン車として「客観的に要求されている快適性を欠くとまではいえない」として、債務不履行責任を否定し、請求を棄却した。

▽判決は妥当か
 本件の原告であるAは、実は弁護士であった。だからこそ、このような少額訴訟を弁護士費用考えることなく出来たのかもしれない。
 とはいえ、座席が後ろ向きのままという運送機関は時々見かける。鉄道の性格上、行きと帰りで先頭車が逆になるので、固定式で進行方向に直角の座席だと、座席が後ろ向きのまま進行するということにならざるを得ない。

 それに不快感を感ずるものは確かに居るであろうし、そのような者にとっては、特急料金とグリーン料金を支払っていながら、そのような座席しか与えられないのはでは「納得できない」と言うことになろう。
 他方、展望の利く席であれば逆向きであっても差し支えないという者も多いはずである。

 確かに、一般論からすると、特別の料金を支払った以上、それに相応する設備とサービスが提供されるべきなのは当然のことであり、それは、運送契約の基づく法的義務といえよう。本判決もそのような考えに則っている。ただ、具体的にどのような設備やサービスが要求されているかという各論となると、その線引きは難しい。何が快適な設備でサービスかと言うことは、極めて主観的なもので一律に決めることは困難である。

 また、提供すべき設備やサービスにもその選択肢は多数ある。いかなる設備やサービスを提供するかは、提供する側に「裁量の余地がある」という本件判決の判断は当然である。そして、世の中の多数者が不快感を感ずるというのでない限り、本判決のように、「客観的の要求される快適性を欠くとまではいえない」と判断されることになろう。その意味で、本判決の結論は妥当であろう。

▽サービス業者にとっての教訓
 訴訟になれば勝てるとしても、予防法学上はトラブルを可能な限り排除したい。では、サービス業者として、本件のようなトラブルを回避するにはどうしたら良いのであろうか。
 同じ特別料金を支払わせたとしても設備やサービス内容に差が出ることは往々にして有り得ることで、その場合、本件のようなトラブルが生じることは十分有り得る。

 同じ料金でも設備やサービス内容に差が出るときは、あらかじめその旨明示して、それを前提にお客に選択権を与えるべきである。本件でも、後ろ向きになる席があることと、自分の席がそれに該当するかどうか購入前に判れば、本件のようなトラブルは避けられたはずである。
 このことは、鉄道輸送の場合に限らず、様々なサービス提供のケースに当てはまるはずである。サービスを提供する者にとっては、本件は多いに参考になろう。

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編集部: editor@travel-vision-jp.com

執筆:金子博人弁護士[国際旅行法学会(IFTTA)理事、東京弁護士会所属]
ホームページ: http://www.kaneko-law-office.jp/
IFTTAサイト: http://www.ifta.org/