法律豆知識、第4回「W杯仏大会のチケット問題の顛末と教訓」金子博人

  • 2005年5月28日
1998年6月に開催されたワールドカップサッカーフランス大会は、国際サッカー協会FIFAと大会主催者のフランス組織委員会CFOの不手際やブローカーの暗躍から、全世界的規模でチケット不足が大問題となったことは記憶に新しい。特に、日本対アルゼンチン戦のチケット不足により、主催旅行に必要なチケットが手配できず、多くの旅行者が当時大変苦労した。その中で、訴訟に発展し、判例集に掲載された2つのケースを基に検討してみよう。
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 第一判例は、名古屋地裁平成11年9月22日の判決で、旅行業者として顧客に対する債務不履行責任はあるが、代替する割安の旅行が提供されたことなどにより、顧客の損害が認められなかったケース(判例タイムス1079号240頁)。
 第二の判例は、京都地裁平成11年6月10日の判決で、CFOとチケットの購入契約をすることにより手配債務の履行をしたと認められ、またチケット不足が判明した後の旅行業者の対応が適切であったため不完全履行にあたらない(つまり債務不履行にならない)とされたケースである(判例時報1703号154頁)。
 いずれの判例も、結果は旅行業者の責任を否定しているが、ここから多くの教訓を得ることが出来るであろう。確かに、主催旅行は、サービスそのものを提供するのでなく手配する債務を負っている。この点は、第二判例の言うとおりなのだが、その際旅行業者は手配さえすればそれで責任を免れるものではない。旅行業者は主催旅行の自然的条件、社会的条件について専門的知識、経験を有しまたは有すべきものであり、他方、旅行者は旅行業者のかような専門的知識、経験を信頼して主催旅行契約を締結するものである。となれば、旅行業者は手配債務の履行に際して、旅行サービス提供機関の選択などに関してあらかじめ十分に調査、検討して、専門家としての合理的判断をすべきことも当然のことである。このことは第二判例でも明確に謳われている。
 FIFAは、98年1月にはチケットの割り当て制限を発表しており、公認旅行代理店を通じて一般に販売されるチケットは全体の10%にすぎず、さらに一公認代理店につき割り当ては1試合300枚が限度とのことであった。となれば、日本チームの試合のチケットを確保することは相当の困難が予想出来たはずである。にもかかわらず、第一判例の旅行業者は、ある公認代理店に5000枚(うち対アルゼンチン戦は約1800枚)も注文していた。結果は、約650枚しか入手出来ず大問題となってしまったのである。これでは、旅行業者として必要な注意を尽くしたとはいえないであろう。
 ただ、それでも第一判例の業者が債務不履行の責任を免れたのは、その後の処理が適切だったからである。同社は、本件主催旅行を中止することを決め、旅行業約款(標準約款によっていた)16条6号により契約解除し、併せて試合観戦をのぞいて同じ行程の主催旅行を格安の新価格(約3割引き)を用意し、希望者はそれに参加してもらうことにした。この事件の原告はこの代替旅行に参加しながら、あとから損害賠償を求めてきたものであった。裁判所は、旅行業者に債務不履行があることを認めながら、顧客の損害は無いとと認定したものである。
 第二判例の旅行業者は、自らが公認旅行代理店であったが参加人数分のチケットが入手できなかった。同社は、旅行は催行するが旅行参加者が観戦できなかった場合には旅行代金を全額返済する。現地で人数分のチケットを確保できない場合には抽選で観戦者を決めるということにした。実際には、現地でも不足分を確保できず抽選となったとのことである。ただ裁判所はこのような事後処理を評価し、債務不履行に基づく旅行者の請求を退けている。
 最近は、イベント付きの海外旅行も増えている。その際、必要なチケットを確保できないと言うことも起こりうる。そのときの旅行業者はどう対処したらいいかについて、これらの判例は貴重な実例を提供してくれていると思われるので、ここにご紹介した次第である。旅行業者は、事前の調査、検討を尽くすのは当然であるが、トラブルが生じたあとの事後処理をいかに適切に処理するかも極めて重要なのである。