『ガイド』という仕事を再定義する-元外資系ファイナンスが挑む高付加価値旅行 Hirovip脇舛光氏
15年以上にわたり、外資系企業でファイナンスのキャリアを積んできた脇舛光さん。米国CPA・MBAを取得し、仏系外資系企業パリ本社、そしてボストンでの勤務を経て、企業のファイナンス部門で第一線を走り続けてきた。そんな脇舛さんが2025年、広島出身のご両親のケアをきっかけに帰国。広島の地で選んだのは、まったく異なる道――富裕層向けの英語ガイド・通訳業だった。
2025年からガイドを始め、2026年初頭に個人事業として立ち上げたガイドサービス「Hirovip」。今では稼働日を絞らなければならないほどの依頼が舞い込むようになった。なぜ、このキャリアチェンジはわずかな期間で軌道に乗ったのか。その背景には、明確な差別化戦略と、ガイドという仕事への独自の考え方があった。
脇舛光氏(以下敬称略) 日本の大学を卒業し、米国CPAを取得後、米系外資系企業に入社しました。次に転職した仏系外資系企業本社があったフランス・パリに4年間駐在しました。その後、同じ会社から米国・ボストンへ転勤になり、5年ほど勤務。そこから転職も経験しながら、結局アメリカには通算9〜10年ほどいましたね。
その間に欧州のビジネススクールでMBAも取って、ファイナンスのキャリアをがむしゃらに積んできたんです。ある意味、早期リタイアのような形で、自分のやりたいことを自分の好きなようにできる余裕ができたので、キャリアの方向転換ということも選択できるようになりました。
2025年、両親のケアが主な目的でいきなり日本に帰ることになって。そこから、個人事業という全く新しい形でのキャリアを模索し始めました。
脇舛 帰国後、広島商工会議所観光課の方から「富裕層向けのガイドが、この地域にはあまりにも欠けている」と言われたのが、直接のきっかけです。それを聞いて、じゃあ自分にできるんじゃないかと思って、事業を立ち上げました。
もともと海外にいた時から、個人的な趣味が海外旅行だったんです。イスラエルやモロッコなどに行った時も、現地でガイドさんを雇って、その土地を深く学ぶというのが好きで。だったら逆に、日本に帰って日本人として逆の立場でそれができたらいいなと、ずっと思っていました。
全国通訳案内士と広島県地域通訳案内士の資格も取って、いろいろな研修にも行かせてもらいました。ただ、そこで出会う大多数の方は、定年後か定年間近の方で、英語もできるから、月1〜2回、趣味の延長で稼働するという感じでした。そういう方々と研修をする中で、ガイド業はもっと深く探求できるはずだと感じ、それを自分のマーケティング的にも売りにしていこうと思いました。
脇舛 対応するお客様は、いわゆる富裕層や企業エグゼクティブ、その家族が多いのですが、海外で積んできたビジネスの知識やコミュニケーション力が、会話にはすごく活きていると感じます。
例えば広島平和記念資料館を案内する時。訪れる富裕層の方は知識層であることが多いので、まず日本経済や国際情勢についてフラットな目線で話をするんです。そうすると「この人とは対等に話ができるな」と向こうも思ってくれて、そこでまず信頼関係を握る。そのうえで、原爆や核兵器といった重く複雑なテーマに踏み込んでいきます。
経済の話をした後に資料館に行くと、より信頼していただけると感じます。フェリー待ちのちょっとした15分の時間つなぎにも、ビジネスで培った経験がすごく生かされますね。


