アクセシブル・ツーリズムが開く観光の未来とは-東京都が第6回シンポジウム開催

  • 2023年1月29日

ハードのみならずソフト面でも整備を
需要の取り逃しを防ぎ、世界から注目されるアクセシブルな社会へ



 東京都産業労働局は1月23日、アクセシブル・ツーリズム推進シンポジウムをハイブリッド開催した。アクセシブル・ツーリズムとは、障がい者や高齢者など、移動やコミュニケーションで困難に直面する人々のニーズに応えつつ、誰もが旅を楽しめることをめざす取り組みのこと。東京都では2020年東京オリンピック・パラリンピック(オリパラ)開催決定を機にアクセシブル・ツーリズムに本格的に取り組んでおり、2017年から理解促進と認知向上めざしてシンポジウムを開催。今回の開催は6回目となる。

東京都産業労働局総務部長の松本明子氏。オンライン配信にはリアルタイム字幕と手話通訳がついた

 シンポジウムでは冒頭、東京都産業労働局総務部長の松本明子氏が、局長の坂本雅彦氏のメッセージを代読。東京オリパラで官民あげてバリアフリー化に取り組んだことで町のバリアフリー化が進んだことについて「大会の大切なレガシーとなっており、今後これらを活用した観光振興を進めていく必要がある」と語った。その上で、新型コロナの影響から回復傾向にある観光需要を喚起するためにさらなるバリアフリー化が求められるとし、「シンポジウムをきっかけに、高齢者や障がい者、誰もが安心して快適に都内観光を楽しめる環境整備を進めるとともに、オリパラを通じた価値あるレガシーとして世界一のおもてなし東京の実現に向けて、皆様方のお力添えをお願いしたい」と呼びかけた。

(右から)吉藤オリィ氏とOriHime

 シンポジウムでは、遠隔操作ロボット「OriHime」の研究・開発をおこなうオリィ研究所の吉藤オリィ氏が、「分身ロボット『OriHime』が可能にする、コロナ禍における新たな社会とのつながり方」と題した講演を実施した。吉藤氏は「体が動いても心が死んだら意味がない。自分が何がしたいのかが重要」と語り、OriHimeを「心を運ぶモビリティ」と説明。OriHimeを活用した障がい者などの外出困難者が接客するカフェ「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」などの取り組みを紹介するとともに、障がい者や老人、コロナで外出できない人などがOriHimeで買い物や国内外の旅行などを楽しめることをアピールした。

 また、シンポジウムでは「観光産業再興の未来を拓くアクセシブル・ツーリズム」と題したパネルディスカッションを開催。アクセシビリティ研究所主宰で東洋大学人間科学総合研究所客員研究員の川内美彦氏がモデレーターを務め、DPI日本会議事務局長の佐藤聡氏、日本航空(JL)出身で現在はNPO法人高齢者・障がい者の旅をサポートする会の専任講師を務める栗木敏男氏、日本インバウンド連合会理事長の中村好明氏がパネリストとして参加した。

川内美彦氏

 パネルディスカッションではまず、川内氏が1つ目の論点として「東京オリパラと東京のアクセシビリティ」を挙げた。同氏は議論の前段階として、東京オリパラの際に東京都が町や施設・設備などハード面でのバリアフリーと、障がい者への無知・無理解・偏見を取り除こうというソフト面での「心のバリアフリー」を進めてきたことを説明。心のバリアフリーについては、障害は社会環境のありようで重度にも軽度にもなるとしたうえで、社会環境を改善するためには社会の責任と考える「障害の社会モデル」を紹介し、「心のバリアフリーを障がい者にただ優しくすればいいという感覚で捉えている人が非常に多いが、障害の社会モデルをきちんと理解し、障がい者の人権・尊厳を重視し、人として尊重することが重要」と指摘した。

 続いてオリパラ組織委員会のガイドライン策定の際に働きかけを行い、新しい国立競技場の設計段階から参加していた佐藤氏が東京オリパラの当時を振り返り、国際パラリンピック委員会(IPC)が作成したIPCアクセシビリティガイドにより、「障がい者と一緒に物を作るという気運が高まった」と話した。同氏は東京オリパラで「広い分野でバリアフリー化の改革がされ、とてもよかった」とし、具体例として駅におけるエレベーターの増加・大型化、ユニバーサルデザイン(UD)タクシーの普及、以前はバリアフリー免除だった空港アクセスバスのバリアフリー化などをあげた。さらに東京都が建築物バリアフリー条例を改正し、車いす使用者用客室をそれまでの1室以上から客室総数の1%以上にし、一般客室についても出入り口幅などに基準を設けたことも紹介した。

栗木敏男氏

 栗木氏はオリパラにより駅のホームドアの設置など、東京のバリアフリー化が進展したことを指摘。その上で東京は障がい者からも人気の旅行先であるとし、「障がい者や高齢者とその周辺の家族の『旅行したい』という強いニーズが利益に結びつくということを経営陣から理解していくことが必要」と産業界に呼びかけた。また、「旅行は自らの稼ぎですることが重要で満足度が高い」と話し、障がい者の雇用拡大と自立も重要なポイントであると指摘した。

 中村氏はまず、コロナ禍について「全人類が本来持っている旅する権利のため、障害や目に見えない制約を取り除いていくことが、人類の発展、ウェルネス、ウェルビーイングにとってすごく大事な要素ということが再認識されたのでは」と、旅の重要性を改めて指摘した。加えて同氏はWHOのデータを引用し、世界に住む80億人の約19%にあたる約15億人が障がい者や高齢者、妊婦やLGBTQなど、旅する権利がなかなか行使できない人々であることを説明。全人類の3分の1に宗教上などの食の禁忌があり、2人に1人がアクセシビリティが担保できていないとし、「旅の権利を阻害するのは大きな経済的な損失になる」とコメントした。

 同氏によれば、世界中から日本を訪れるグループはダイバーシティを具現化したようなグループ。例えば1グループの中にムスリムやビーガン、ベジタリアンなど多様な人々が混ざり合っているため、1人でも食事ができない場合はグループ全体でその店を訪れなくなるとした。その上で中村氏は「アクセシブル・ツーリズムの推進が果てしなく大きな市場であることを認識せず、クレームやリクエストがたまたまあったと対応していくレベルではなく、もっと大きな市場に関わることが、持続可能な日本を作っていく」とアクセシブル・ツーリズムの重要性を改めて強調した。

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