新卒採用は「コミュニケーションスキル」中途採用は「価値観と志」を見極める-星野リゾート料飲統括エグゼクティブシェフ 梶川 俊一 氏
シェフの要素は年齢ではなく
「意欲×能力」であるべき
Region Food Meister Course は、地方の食文化に対する興味が全体的に高まってきたことを受けて、応募者の関心をより強く惹き付けるために設置しました。地方の食を極めたいと考える志望者が星野リゾートの門を叩きやすくするとともに、門を叩いた後に自らのキャリアをどのように積んでいくのか、その道筋をより具体的に選択できるように、Chef Management Course と併設する形を構築したのです。
Region Food Meister Course を選ぶと各地のリゾート施設に配属後、地元の生産者との交流やその土地の食材のリサーチなどの活動を日常的に行なうことができます。調理を 1 から習得しながら、地方の食材や食文化を生産者と対話しながら深く知っていくことができる仕組みになっています。
Chef Management Course は、調理師学校の学生時代を非常に高い意識を持って過ごし、最短距離でシェフになりたいと考えている人にふさわしいコースになっています。総支配人やユニットディレクターが立候補制になっていることからもわかるように、星野リゾートでは早い段階でマネジメントに携わるチャンスを広く与えています。そこで調理部門においても、若くしてシェフになりたい人のコースを設置したのです。
シェフになれるかどうかは意欲と能力の掛け算によるというのが本来あるべき形であり、年功序列によるものではないと私は考えています。5 年、10 年務めてもシェフの資格を掴むことができない人はいますし、意欲と能力があればたとえ入社 1 ~2 年目であってもシェフになる資格を与えるべきです。実際に過去には、新卒 2 年目でシェフを務めた優秀なスタッフもいました。
原価計算、衛生管理、料理の技術などは料理人の基本中の基本なので当然教えますが、何よりも大切なのは「コミュニケーション」に関する講座です。Chef Management Course の講座はすべて私が講師を務めていますが、最も多くの時間を割いているのはコミュニケーションについてです。いくら原価計算が上手で料理の技術が高くても、周りとのコミュニケーションを円滑に取れなければシェフにはなれません。
組織や人材のマネジメント、ブランド論、戦略の立て方、運営受託、マーケティング全般についての講座もラインアップすることで、星野リゾートが求めるシェフとしての力を身に付けてもらっています。これらの内容に関して料理人は免除されると思っている人もいますが、むしろ料理人こそが一番知っておく必要があります。なぜなら館内のエリアで最もコストが掛かるのは調理場だからです。経営に関わる基礎的な知識を習得していなければ、経営職としてのシェフにはなれません。
Chef Management Course の講座(座学)は、調理以外の部門で働く星野リゾートの全スタッフが受講できます。たとえば総支配人にとって料飲の知識はとても重要です。シェフが何を考えていて、その仕事において何が必要なのかを理解しておく必要があるからです。
総支配人とシェフが共通言語で話すことができなければ溝ができてしまいます。その結果、組織全体の風通しが悪くなり、調理場が治外法権化してしまうという不幸な状況が生まれかねません。
重視するのは「フラットな組織」
かつ「Mauture な組織」
フラットな組織は、意思決定までのステップを減らすことでスピードを向上する組織の形です。Mauture な組織は、個々人の一挙手一投足を事細かなルールで縛らない組織の形です。
フラットな組織では、上意下達で物事が決まることはありません。たとえ今日入社した人であっても、会議に参加して意見を述べることができるという価値観で動いています。昨日今日入社した人だからこそ見抜けることもあるはずですが、それを可能にするためにはお互いに秩序だった関係性を保つことが求められます。さらに性別、年齢、キャリア、国籍といった尺度で差を付けるようなフラットではない空気感が残っていると、Mauture な組織を創ることができません。
Mauture な組織においては、事細かなルールを設定しません。ルールに縛られた状態は楽である反面、思考停止に陥りやすい Immauture な組織しか生み出せませないというデメリットがあります。自分たちの力で秩序を生み出しながら、個々人の判断で行動することが求められるのです。職場でさまざまな問題が起こるたびにルール化していくようなことはせず、秩序と規律が自然に守られながら、自らが思考する息苦しさのない組織の形を星野リゾートは目指しています。
すべて戦略的に動かなければならない星野リゾートでは、メニューづくりに関しても戦略的なプロセスが求められます。戦略的にプロセスを進めるためには、施設全体のコンセプトありきである必要があります。施設全体が持つコンセプトがある程度決まった段階で、私たちのチームは施設が立地するエリアの食文化や食材などをリサーチし、全体のコンセプトに合致するメニューを追求していきます。その上で私たちが独自に創っているフレームワークに沿って、メニューのコンセプトを打ち立てるのです。そしてそのコンセプトに沿って、料理に関する施策を推進します。
高い技術を持つ料理人であればあるほど、コンセプト不在になってしまう傾向が強いと言えます。腕がよければ質の高い料理をプロダクトアウトしますが、一方で料理開発のステップそのものが未整理のまま進んでしまうのです。
コンセプト不在のまま作られたメニューでは、その施設のあり方に合致しないちぐはぐなものになってしまうでしょう。ところが料理自体は高い技術で作られているため、良いか悪いかという視点で見れば、良いものであるという評価になり、誰も批判できなくなります。そのまま放置すれば、次第に施設全体と料飲部門との整合性が失われています。
料理自体がおいしいからといって、施設のコンセプトに沿っていなければ捻れが生じてしまいます。だからこそ徹底的にマーケティングの基本を押さえていくことの重要性やコンセプトとは何かについて、料理人に教えていかなければならないのです。
クラフトマンシップの技能集団が
マネジメントマインドを形成する
私たちは常にチャレンジャーであり、競争優位性があるなどおこがましいことは言えません。ただし優位であるかどうかは別にして、差別化された部分はあると思います。
それは「マネジメントマインド」と「クラフトマンシップ」が両立できているということだと考えています。これまでお話ししてきたようなビジネスとしての総合力を重視しているのは確かですが、実際にはそれと同レベルの高い職人気質や料理そのものにかける情熱を私たちは兼ね備えています。職人の魂を持つ技能集団がマネジメントマインドに基づいて動くことで、差別化された特徴を打ち出すことができるのです。
マネジメントマインドとクラフトマンシップのどちらかに偏りすぎないように気を配らなければなりません。クラフトマンシップが前面に出すぎてしまうとマーケティング不在の旧態依然とした組織になってしまいます。マーケティング不在ということは顧客不在ということであってはならないことですが、料理は頭で作るものではないのでクラフトマンシップが発揮される必要もあります。そのバランスが重要なのです。
前輪がクラフトマンシップ、後輪がマネジメントマインドで車を動かしているイメージです。料理であるからにはおいしいものを提供したいという前輪があり、その料理が本当にマーケットのニーズに合致していてビジネスとしての効率を満たしているのか、衛生面や安全性を担保できているのかという後輪があるという関係性です。
ビジョンというか、課題があるとすれば海外運営だと思います。海外における施設運営は星野リゾートが走り出したばかりのフィールドであり、すでにいくつか展開していますがまだまだ難しい面もあるのが現状です。
まず、食材の調達そのものに難しさを感じています。これについてはこれからしっかりとノウハウを創っていく必要があります。日本の施設と同じ価値観に基づいて、海外のスタッフに働いてもらう難しさもあります。それぞれのお国柄がある中で、星野リゾートのコアなバリューを維持しながら各地に適応していくことは新しい課題と言えるでしょう。
課題を克服しノウハウを早期に構築することで、端緒についたばかりの海外展開を成長させていきたいと思います。