開発や町づくりに欠かせないのは民主主義的な合意形成-ニセコ町長 片山健也氏
地域の価値は良好な環境にあり
オーバーツーリズムのない町の課題とは
今年3月に策定されたニセコ町観光振興ビジョンでは、町の将来像について「町民や観光客から信頼される、持続可能な国際リゾート」を目指すとしている。同時にニセコ町は「2050年までにCO2排出量を86%削減」の目標を掲げる環境モデル都市でもある。町を率いる片山健也町長からは、持続可能な国際リゾートを目指すべき理由と、その実現に向けた戦略について伺うことができた。(聞き手:弊社代表取締役社長兼トラベルビジョン発行人 岡田直樹)
片山健也氏(以下敬称略) ニセコ町出身で高校卒業までをこの町で過ごし、大学になって上京しました。就職先は東京の企業で、札幌や神戸でも勤務しました。その後、縁あってニセコ町役場の職員となり、30年ほど勤めて退職し、2009年に町長に就任しました。
片山 空の広さと素晴らしい景観は何物にも代え難い魅力です。私は山寄りに住んでいるので、朝の通勤時間帯に雲海を眺められることがあります。雲海に浮かぶ羊蹄山とニセコアンヌプリの姿は何とも言えない美しさです。私は一度ニセコを離れたUターン組ですから、美しい景観を見るたびに、これこそがお金には代えられえない価値なのだと実感します。さらに、ニセコには温泉も、美味しい食もあります。またニセコの人たちの気質は開放的で人が住みよい土地でもあります。
観光も農業も同じですが、最終的な価値の源泉は良い環境です。美味しい水、美味しい食材もそう。環境が良くなくては得られないものですし、子供もお年寄りも安心して暮らせる環境を守る意識がニセコの住民には強くあります。「乱開発はしない」が共通理解としてあり、町の環境計画を作る際も事務局は住民が担い、事務局長も地元のペンションの経営者が務めました。事務局役は役場が担うのが一般的ですが、ニセコは住民主導。それで出来上がった環境基本計画のキーワードは「水環境の町」、そして「次の世代の子供たちにこの環境を残したい」でした。
ニセコに背の高い建築物がほぼないのは乱開発を抑える住民意識が強いためで、多くの高層建築物をお断りしています。この空の広がりと環境は、ニセコにとって金銭には代えられない価値なのです。
片山 バブルの時代に高層建築のリゾートマンションが林立し、今や地域のお荷物になってしまったリゾートもあります。バブリーな開発は地元のプラスになりません。経済を少し我慢してでも次の世代に環境という価値を残して受け渡していくことが重要です。
事業者さんからは「ニセコほど投資しづらい町はない」とお叱りを受けます。ニセコは数値的な規制はさほど強くありませんが、住民との話し合い、合意努力が条件です。ですから事業者側にとっては、話し合いが1年で終わるのか3年かかるのか先が見えない。それが不満だと言います。「はっきり数値を示してくれれば、その通りやるから」とも言われます。しかし、例えば「建物の高さは20mまで」と数字を示せば、それ以内は建てる側の権利になります。住民や地域の状況と関わりなく開発が進んでしまいます。だから話し合いを重視して、皆で合意形成するようにしています。
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