JATAとANTA、再発防止に向け経営者コンプライアンス研修実施
従業員向けの研修環境も整備へ
日本旅行業協会(JATA)と全国旅行業協会(ANTA)は昨年の不正受給が疑われる事案の発生を受け、旅行業界のコンプライアンス経営の理解促進を徹底するため、さきごろ「経営者向けコンプライアンス研修」を大阪、名古屋、東京の3会場で開催した。東京会場ではリアルで85名が参加した。
東京会場で挨拶に立ったJATAの高橋広行会長(高ははしごだか)は、大企業による雇用調整助成金やGoToトラベルの給付金の不正受給が疑われる事案が複数発生し、業界全体の信頼が大きく揺らぐ事態となったことを懸念するとしたうえで、「信頼回復と再発防止に向けて、コンプライアンスを推進してきた企業は内部統制の再確認を、注力できなかった企業はコンプライアンス体制の再構築を図る契機にして欲しい」と述べた。
さらに、JATAが実施したアンケート調査で約3割の会社がコンプライアンスに関わる行動規範や研修等の仕組みがなかったことを受けて、JATAでは各種の雛形やウェブでの研修システムなど会員が利用できる環境を整備したことを明らかにした。高橋会長は「いかなる環境にあっても、会社の規模や業態に関わらず、コンプライアンスは全てのことに優先される。コンプライアンスなくして経営なしということを経営者はもとより、役員、全従業員に指導を徹底し、企業文化になるまでコンプライアンスレベルを高めて欲しい」と力を込めた。
研修では旅行業の法務分野に実績のある御堂筋法律事務所東京事務所の弁護士を講師に、コンプライアンスの意味、不祥事発生の企業リスク、予防に向けた取り組みについて説明があった。谷口和寛弁護士は、コンプライアンスは法令遵守だけでなく「社会倫理や社会規範も遵守し、社会から認められ、受け入れられる行動や状態であることが問われている」とコンプライアンスの概念の広がりについて解説。消費者や従業員、取引先だけでなく、CSRやESG投資、SDGsのような社会の要請もコンプライアンスの一環であると述べた。
重大なコンプライアンス違反や不祥事が発覚した場合、マスコミや監督官庁、捜査機関、被害者への対応などで企業は即座に危機的状況に陥ってしまう。隠蔽すればそれ自体がコンプライアンス違反となり損害が拡大すると谷口弁護士は説明する。違反があれば、民法、会社法、刑法、行政法において、企業、役員、従業員それぞれに法的責任が生じ、「従業員が勝手に行なった不祥事でも、経営者は管理監督責任があるので企業として責任を負う」。加えて、懲戒処分、評判低下による売上減少、契約解除のリスクが生じる。「コンプライアンス違反しないことが一番だが、仮に違反があっても問題が小さいうちにリスクの芽を摘むことが重要」と強調した。
さらに、問題が発生しやすい企業風土として、コンプライアンス軽視につながる売上・ノルマ至上主義、相談や報告をしにくい閉鎖性があると指摘。改善策としては、経営者の意識改革、企業倫理・行動規範の策定とトップメッセージ発信、従業員教育、社内環境の改善を挙げた。「行動規範は実際に文字にして制定すること、トップメッセージも継続的に直接従業員に投げかけることが本気度を示す」と説く。一般的にノルマ達成のプレッシャーが不正につながるため、過大なノルマや人事評価の見直し、ハラスメント対策や、他部門との人事交流・ローテーションで、不正を指摘できるような風通しのよい部門間のコミュニケーション、特定の人に依存しない関係性を作ることの有用性を説いた。
大谷秀美弁護士からはガバナンス強化のため内部通報制度について説明があった。ガバナンスを強化策として指名委員会等設置会社、監査等委員設置会社への移行などがあるが、小規模の会社では「まずは社外役員を雇ったり、弁護士と契約するなどコンプライアンス上の懸念が起きた場合にすぐに相談できる相手をつくることが大切」と助言。今年6月施行の公益通報者保護法にも触れ、使用者300人以上の事業者の内部通報窓口設置の義務化のほか、保護対象に退職者や役員が加わり、損害を通報者に請求しないなど通報者が保護されやすくなったという。
また、コンプライアンスは取引先にもおよぶため、取引先での問題発生を予防するための管理も必要で、宿泊施設、運送、サービスにおいて旅行者の安心安全を担保できるか確認審査が必要性も説かれた。最後に、谷口弁護士は、通報窓口の設置やSNSの普及で内部告発されやすい環境になっていることから、不祥事はいずれ発覚すると認識した上で予防に取り組む重要性を主張。中小企業がすぐにできる対応として、コンプライアンス重視を伝えるトップメッセージの発信とコンプライアンス担当者設置を挙げ、「何か問題があれば言ってもらえるように伝えるだけで全然変わり、議論にもつながる。通報窓口設置が難しくても、何かあればその人にという担当者を設置し、傾聴する姿勢で対応することが重要」とした。