【弁護士に聞く】反社やコロナ罹患者などの宿泊拒否に関する考え方について

  • 2021年8月18日

「宿泊事業者は、反社やコロナ罹患者などの宿泊を拒否することができるのか」

 契約の世界は、契約自由の原則という考え方が支配している。契約をするか否か、誰と契約を結ぶか、契約内容をどのようなものにするか、契約書を作成するか否か等は、自由に当事者間で決めれば良いということだ。憲法の視点で言えば、営業の自由が保障されているという意味だ。

旅館業法第5条の立法趣旨

 ところが、今回の質問のように、ホテル・旅館等の宿泊事業者については、時として「宿泊拒否」が問題となる。これは、旅館業法第5条があるからだ。

 同条は、宿泊事業者に対し、宿泊しようとする者が、(1)伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき、(2)賭博その他の違法行為又は風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき、又は(3)宿泊施設に余裕がないとき、その他都道府県が条例で定める事由があるときを除いては、宿泊を拒んではならないとする。さらには、この規定に違反して宿泊拒否をしたときは、50万円以下の罰金に処するという犯罪(同法第11条)になるとしている強烈な宿泊契約締結義務を宿泊事業者に課している。

 恐らくは、旅館業法が作られた昭和23年は敗戦後間もなく、社会全体の公衆衛生は劣悪で、東京、横浜、大阪などには、ドヤ街と呼ばれる住居不定の日雇労働者が宿泊する簡易宿所の集中しているところもあった。こうした中で、一夜の宿を求める者を宿泊事業者が自由に宿泊を拒めるとすれば、野宿をする他ないから、公衆衛生上大きな問題となっただろうから、第5条の必要性も肯んじられる。

 しかし、戦後70年以上経過し豊かになり、全国津々浦々にそれなりの宿泊施設があり、神経症的な清潔民族と揶揄される日本人の高い公衆衛生のレベルにあって、宿泊事業者に宿泊契約締結義務を課す必要性は最早なく、営業の自由の侵害の恐れさえあると言えよう(厚労省は8月に旅館業法見直し検討会を立ち上げ、同法第5条も検討対象になっている)。

反社とコロナ罹患者の扱いの違い

 とはいえ、旅館業法第5条は健在である。憲法の保障する営業の自由に反すると裁判所で争う弁護士の愛人のような宿泊事業者がいれば有難いが、通常は何とか同条の射程距離を狭める解釈上の努力をしながら守らざるを得ないだろう。

 質問では反社とあるが、反社とは、通常は暴対法に定義される暴力団構成員、準構成員その他の反社会的勢力に属する者をいうが、ストレートには上述した旅館業法第5条の定める宿泊拒否事由には当たらない。暴対法では暴力団を「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員を含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」と定義しているので、構成員は暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがあるとして、宿泊拒否事由の上記(2)に当たると言える。しかし、構成員とまでは言えない反社会的勢力はそうまでは言えないだろう。もっとも、国際観光ホテル整備法に基づく政府登録という看板をもつ宿泊施設用に国交省が作ったモデル宿泊約款は、広く反社会的勢力に属する者を宿泊拒否できると定めており、同約款は殆どの宿泊事業者が採用しているから、同約款の規定に基づき宿泊拒否することはできるだろう(厳密にいえば、旅館業法第5条違反になるが、社会的・政治的にはセーフティネットになるという意味だ)。しかし、身も蓋もないことを言えば、反社の立証は通常は困難だから余り意味のない議論かも知れない。

 これに対し、コロナ罹患者であれば、上記(1)の宿泊拒否事由に当たるが、問題はPCR検査で陽性の結果がでていなければ格別、発熱(37.5℃以上)がある、咳が出る、コロナ罹患者の濃厚接触者であっても、罹患していると「明らかに認められるとき」には当たらない。しかし、宿泊事業者が遵守すべき新型コロナ感染予防ガイドラインでは、上記のようなコロナ罹患が少しでも疑われる者に対しては、宿泊事業者は他の宿泊客と混じらないような個室を用意し、食事も別にするなどの結構な負担を課せられている。部屋数が多い、従業員が宿泊客数に比して多いなど、物理的及び人的に十分な宿泊施設は別として、殆どの宿泊施設は、1人でもこうしたコロナ罹患者かも知れないという宿泊者を受け入れれば、営業が困難なほどの負担であろう。こうした状況は、正に上記(3)の宿泊拒否事由である「宿泊施設に余裕がないとき」に該当すると考えて良い。

 最後に旅館業法第5条が宿泊拒否事由に「その他都道府県が条例で定める事由があるとき」と定めていることに注目して欲しい。つまり、同法は地域の実情に応じた宿泊拒否事由を認めているのである。暇な方は、「東京都旅館業法施行条例」と「愛媛県旅館業法施行条例」でネット検索して、独自の宿泊拒否事由の規定(いずれも第5条)を比較して欲しい。如何に東京都が宿泊事業者のことなど考えていないか、如何に愛媛県が宿泊事業者を大切にしているかが一読で分かる。

三浦雅生 弁護士
75年司法試験合格。76年明治大学法学部卒業。78年東京弁護士会に弁護士登録。91年に社団法人日本旅行業協会(JATA)「90年代の旅行業法制を考える会」、92年に運輸省「旅行業務適正化対策研究会」、93年に運輸省「旅行業問題研究会」、02年に国土交通省「旅行業法等検討懇談会」の各委員を歴任。15年2月観光庁「OTAガイドライン策定検討委員会」委員、同年11月国土交通省・厚生労働省「「民泊サービス」のあり方に関する検討会」委員、16年1月国土交通省「軽井沢バス事故対策検討委員会」委員、同年10月観光庁「新たな時代の旅行業法制に関する検討会」委員、17年6月新宿区民泊問題対策検討会議副議長、世田谷区民泊検討委員会委員長に各就任。