イベントレポート:イメージ戦略で訪日市場復興へ、新需要開拓のチャンスも

日本全国から約300人が集まった。同時にウェブサイトからも配信し、84名が視聴した。

 ポータルジャパンとインテージアは5月16日、「インバウンド復興フォーラム」を開催した。東日本大震災からのリカバリー策を議論するもので、講師には観光庁長官の溝畑宏氏と、中国、韓国、台湾、香港の訪日旅行を取り扱う旅行会社幹部が招かれた。現時点で最大の懸念である原発事故も収束の兆しが見えないなかで、訪日旅行にどう取り組むべきか。現地旅行会社の視点を中心に紹介し、可能性を探る。



2020年訪日2500万人へ向けイメージ回復が急務


 講演の冒頭で溝畑氏は、観光こそ日本を元気にする重要な産業であるとし、震災後の困難をむしろチャンスと考え、「“回復”ではなく、今までを超える市場にし、2020年訪日外客2500万人の目標は絶対に死守しなければいけない」と話した。特に、現在大切なことは「安心、安全」のイメージを回復することであると指摘。観光庁でも、海外からメディアや旅行会社を招聘したり、現地の著名人からのメッセージを発信することで訪日旅行を促していく方針だ。


JTBコミュニケーションズソリューションデザイン局インバウンドコミュニケーション研究所所長の小路輔氏

 JTBコミュニケーションズが中国、韓国、台湾、香港の東アジア4市場で実施した調査でも、こうしたイメージ回復の重要性が示されている。調査は、4月11日と5月11日に2度おこない、消費者意識と行動の変化を把握したもの。これによると、1年以内に訪日旅行を希望する人は4月の時点では全体の68%、5月は72%という結果が出た。例年、同調査の結果は80%から90%にのぼるため、例年に比べると20%から30%の減少がみられる。


 しかし、5月に数値が上昇したことに関して、講演したJTBコミュニケーションズソリューションデザイン局インバウンドコミュニケーション研究所所長の小路輔氏は、震災発生から時間が経過し、海外での震災の記憶が薄れたこと、また消費者がより正確な情報に接するようになったことが理由ではないかと推測する。


 例えば、地震が起きた場所の認知度は4月の時点で60%、5月は61%と大きな変化がないが、福島原子力発電所の場所の認知度は4月は33%、5月は42%と増加。特に正確な情報に接する機会が増えたと考えられる。



沖縄や九州、関西方面へのツアー需要に伸び
新たなマーケット開拓のチャンス


中国、AMEGA JAPAN日本部責任者のキュウ・イーショウ氏

 中国からの訪日市場について、AMEGA JAPAN(アメガジャパン)日本部責任者のキュウ・イーショウ氏は、現在販売中のツアーは昨年同時期の約半額の値段で取り扱っていると話す。しかし、こういった災害や事故などによる落ち込みから回復する際は、一般的に価格が下がるものであり、少しの間は辛抱しなければいけないと説明した。


 需要面では、従来人気のあった東京方面へのツアーで放射能漏れなどへの懸念が見られる一方、沖縄や九州、関西方面へのツアーへの需要が伸びており、今までのゴールデンルート以外の新しいマーケットを開拓できるチャンスであると訴えた。なお、関東方面へのツアーはこれから販売する予定だ。


 キュウ氏は、インバウンド回復初期のツアー客にどれだけ「安心・安全」のイメージを持ってもらえるか、どれだけ満足してもらえるかが非常に重要だと話した。例えば、ホテルの経営者に対しては、客室にミネラルウォーターを置き、水が手に入らないといった混乱状態が終わったこと、平常通りの生活を送っていることをアピールするよう呼びかけた。6月から8月にかけては約1000本の団体旅行を取り扱う予定で、中国からの訪日旅行は秋口から本格的な回復を見込んでいるという。



日本以外のエリアやクルーズなど多方面に影響
東日本以外のツアー集客へブランディングが重要


韓国、BICO.TS代表の李美順氏

 韓国市場について講演したBICO.TS代表の李美順氏によると、同社が取り扱う日本ツアーは震災から1週間が経過した3月18日には予約がゼロになったほか、太平洋エリアや、グアム、サイパンやハワイ方面のキャンセルが発生し、全体の集客に影響を与えた。日中韓クルーズが「韓中東南アジア」クルーズとなった例もあった。


 航空便については、4月の時点でには6月までの日本/韓国線の便数が35%減少。各旅行会社でも日本部門が縮小したり、人員を他部署へ異動するなどの影響も出た。しかし、4月には韓国国内のニュース日本の震災関連の報道が減少したことから、FITの予約が増えてきたという。


なお、李氏からも中国のキュウ氏同様、東京などの関東方面以外と売り込むチャンスであると指摘。震災後の韓国人の訪日先としては、被災地や東京、その周辺エリアが減少し、関西や九州エリアが急増。加えて「清らかな大地」というイメージの強い北海道、宮崎などの需要が伸びている。


 李氏は、海外の人によっては「日本全体が危険」という認識もあり、例えば「日本」と「九州」を分離させたブランディングが必要だと訴える。原発から地理的に遠いところを安めの値段で販売し、広告はクリーンなイメージの写真を使用して、震災や原発のイメージと切り離すことが重要であると話した。


正確な情報発信で国単位での「安全」のアピールを


台湾、東南旅行社副社長のリャオ・ペイ・ヤン氏

 台湾からは東南旅行社副社長のリャオ・ペイヤン氏が登壇。同氏によると、震災後、台湾では訪日旅行が軒並みキャンセルされ、企業インセンティブ旅行の目的地は中国や東南アジア方面に変更。また、航空会社は日本行きのフライトを減便もしくは機材を小型化した。


 台湾の人々の訪日旅行に関する懸念事項は、今後の地震の可能性や電力不足による交通網などへの影響、放射線汚染の食品や飲料水への影響などが挙げられており、生活面の現状についての正確な情報発信が必要だという。例えば、日本政府からの安全宣言、放射線量の定期的な発表、日本のホスピタリティーのさらなる向上、台湾の旅行会社による日本商品キャンペーンや、広告活動の継続が必要であると話した。


 なお、台湾ではリカバリーに向けて航空運賃の値下げキャンペーンや、旅行会社による格安ツアーの造成、また新聞や雑誌などのメディアによる大規模広告などが実施されている。



原発からの距離伝えることで安心感アピール


香港、EGLツアーズ代表取締役社長の袁文英氏

 香港で訪日旅行を多く手がけるEGLツアーズ代表取締役社長の袁文英氏によると、香港でも大きな影響が出たが、同社は4月16日に訪日ツアーを再開して沖縄に63人を送客。4月30日までに33本のツアーを実施して、述べ1200人を送客した。5月17日には震災後初めて東京へのツアーも催行している。袁氏は、商品を販売する際に地図を用いたり、所要時間を説明するなどし、被災地や原発との距離をわかりやすく説明することに注意したという。


 インバウンド復興のための策としては、3点を列挙。1は点目は海外からの玄関口となる空港を明るく見せること。「旅行の始まりの“玄関口”で大規模な節電を目の当たりにしてしまうと、震災を実感して楽しい気持ちがしぼみかねない」との理由で、例えば、入国審査のカウンターなどで照明を落としているような場合、節電していることを説明するよりも隠してしまった方が良いという。


 2点目は、芸能人を東京へ招くこと。影響力の大きい芸能人の訪日は、「日本は安全だ」というイメージを与えることができるという。3点目に、マスコミを招聘することだ。これによって日本の現状を伝え、震災直後の「日本は危険」というイメージが払拭できるとした。


イメージ戦略で回復、マーケット開拓で飛躍


 デジタルカメラやインターネットなどの発達と普及により、今回の地震では津波や原発の映像など、膨大な量の情報が海外でも共有された。そのような情報からのマイナスイメージの払拭が不可欠であるわけだが、全体の情報量が膨大なだけに埋もれてしまうのではないかとの懸念もある。


 しかし、今回のフォーラムで講師陣からは、ホテルの客室に置くミネラルウォーターに一言添えること、広告で使用する写真をクリーンなイメージのものにすることなど、個々の事業者や個人でもすぐに取り組める具体策が示された。「イメージ回復は国の仕事」と決め付けず、草の根からの取り組みが全体の大きな流れにつながると考えるべきだろう。


 また、震災の影響で、渡航自粛勧告を発出した国を含め、旅行会社が関東方面を目的地とする商品が販売しにくくなったことにより、通常のゴールデンルート以外の地域に注目が集まっていることは、逆にチャンスとも考えられる。つまり、今までは目が向きにくかった県や地域が持つ魅力を知ってもらうチャンスであり、今後の訪日旅行の目的地を決める際の選択肢に加えてもらうことにつながる。


 韓国のBICO.TSの李氏はその中でも、ターゲット層によって勧める方面を変え、若者にはショッピング、ファミリーにはテーマパーク、年配の顧客には自然や温泉などというように、ターゲットを絞ったプラン造成が必要だと話している。冒頭の溝畑氏による言葉の通り、観光業界を取り巻く環境をチャンスと捉え、「3.11」以前を超える市場となるよう取り組んでいきたいところだ。



取材:本誌 工藤恵