新春トップインタビュー:ジェイティービー代表取締役社長の田川博己氏
2011年は自ら仕掛けて需要創出をはかる
海外はチャーターの積極活用が必須
2010年は羽田空港の国際化や成田の容量拡大などの追い風があったが、ジェイティービー代表取締役社長の田川博己氏は2011年の旅行市場を、「基本的に大きな状況は変わらない」と予想する。そのため今年は、需要と市場の創出をするべく自らの「仕掛け」を積極化していく方針だ。特に海外旅行では座席確保のため、チャーターはもちろんLCCへの取り組みなども念頭に入れている。景気の伸び悩みが続き、ゼロコミッション化やオープンスカイの推進でさらなる環境変化が予想されるなか、最大手としてもろもろの変化要因にどう対処していくのか。田川氏に胸の内を聞いた。(聞き手:本誌編集長 松本裕一)
−2010年の総括からお聞かせください
田川博己氏(以下、敬称略) バンクーバー五輪やサッカーワールドカップ、上海万博など大型イベントが集中した年だけに期待は大きく、スタートも悪くなかった。しかし輸出の伸び悩みや円高、デフレによる景気の影響や、アイスランドの火山噴火が痛かった。ただ、ここで感じたのは、リーマンショックや新型インフルエンザに見舞われた2009年が特殊な年だったわけではないということ。このような市場環境が特殊なわけではなく、構造的なものとして捉えるべきだという点だ。
ここ何年かの市場動向を見ていて、海外旅行はよほどの阻害要因が生じない限り、安定的に1500万人から1600万人は見込めると感じている。一方、国内旅行は難しい。JTBの2010年の国内旅行販売は2008年と比較すると十数パーセント落ちこんだ。国内は何かを仕掛けないと販売が伸びない状況だ。
−2011年の見通しはいかがでしょうか
田川 基本的には大きな状況は変わらないだろう。2010年から11年にかけて羽田空港の再国際化、東北新幹線延伸、九州新幹線全線開業があり、インフラ整備による瞬間的な需要底上げは期待できる。しかし、羽田再国際化で海外旅行が1800万人市場になるわけではないし、新幹線で国内旅行が1.2倍に拡大することも考えにくい。景気も簡単には良くならないだろう。したがってマーケットから需要を引き出す工夫と同時に、我々でマーケットを作っていく取り組みが必要だ。
例えば、海外旅行に関してはチャーターの活用だろう。航空会社は機材小型化を進めており座席供給量の減少は避けられない。ハワイなどは行きたいお客様が大勢いるのに座席がなくて商品が作れない。商品造成に必要な座席の確保が最大のテーマだ。
国内旅行は、市場縮小で(従来人気の高かった)定番商品が動かなくなり、仕掛けなければ売れない傾向がさらに顕著になりそうだ。これは旅行業界に限った話ではなく、多くの業界が苦しみつつ新たな技術やアイデアの投入で何とか新商品を仕掛けている。需要を作り出す行為が伴わなくては何も売れない時代になったと考えるべきだ。
そのため、国内旅行では各地域でデスティネーション・マネージメント・カンパニー(DMC)の発想を取り込んでいく仕掛けをおこなっている。商品作りを受地でもやり、受地でいいものがあれば発地の商品に組み込む。商品を発地と受地の両側でプロデュースする。それによってマーケットインのニーズと、現地のプロダクトアウトのニーズが重なった商品群ができれば、絶対に売れるはずだ。
−羽田国際化やオープンスカイの拡大など航空をめぐる環境が変化しています。旅行会社と航空業界の関係はどのように変化していくのでしょうか
田川 ゼロコミッションは世界的な大きな流れだ。それを前提で考えると、レジャー需要についてはプログラムチャーターで売っていくことになるだろう。定期便の機材小型化が進むなかでの座席確保の観点からもチャーターが不可欠だ。
旅行会社同士が協力しつつ、少なくともハワイとグアムは全部チャーターでやるくらいの考えでいい。ヨーロッパではビジネス需要は定期便、レジャーはチャーターとはっきり分けて認識されており、日本もそのように認識すべき時代になったと思う。JTBはプログラムチャーターに積極的に取り組んでいく。ただし装置産業でない旅行会社は、すべてのリスクを引き受けることはできない。したがって航空会社にチャーター会社を作ってほしいというのが願いだ。
観光立国の目標のひとつに海外旅行2000万人を掲げても、座席がなければどうにもならない。その意味で羽田空港国際化は大チャンスだ。供給座席の拡大に、どんどん羽田を生かしていってほしい。定期便がだめならチャーターでいい。とにかく座席供給量の拡大を望む。LCCについても、商品の品質さえ良ければいくらでも使う用意がある。航空座席については、これまでの既成概念をいったん捨てて、ソウル、グアム、バリ、ヨーロッパ、ハワイなど目的地ごとに、それぞれ何をどう使うのが一番いいか、再検証していきたい。
−昨年は「ルックJTBの決心」が注目されましたが、成果と課題をどのように捉えていらっしゃるでしょうか
田川 もちろん一定の評価はあったと感じているが、「ルックJTBの決心」が本当に評価されるにはまだ時間がかかる。「決心」の内容は、お客様側からすれば、それもできていなかったのかという程度かもしれない。例えば追加代金なしの「並び席」も、当たり前と考えるお客様も多い。しかし海外旅行の経験値がある層では「それはいい」と分かってくださる方もいる。だから、我々は我慢強く続けていく。本当に評価されるには2、3年の時間が必要だ。
「決心」の内容が定番になれば、他社が追随するのは難しいだろう。かなりコストのかかる内容だし、JTB以外にはできまいという自負もある。我々の「決心」は、取り組みを「止めない決心」でもある。
−2009年の新春インタビューで、ウェブ販売について「遅れてしまっている」と話されていました。店舗展開を含めて、現在の流通戦略についてお聞かせください
田川 既存の旅行会社ではインターネットの可変性についていけない面がある。インターネット販売では、旅行実施までの残り時間にあわせて刻々と価格を更新できる。商品内容は同じでもコース番号を変えて価格を変えればそれで売れる。しかしパンフレットではそこまで迅速に対応できないし、いったんコース番号を印刷した商品は価格をいじれない。これではコストをかけてパンフレットを作る意味がない。パンフレットなど無くすほうが良いとなる。2011年はこのあたりの考え方を整理して、今後に向けた大きな仕掛けを始める年になると思う。
ただし、旅行業と旅行販売業があるとするなら、我々は旅行販売業だけの存在ではなく旅行業でもある。JTBは単なる旅行販売業ではないとの思いを込めて、2006年から「交流文化産業」という言葉を使い始めた。新しい旅行需要を創り、旅を育てる取り組みが基盤としてあり、旅行販売業はそのうえに乗っかっているわけだ。オンライン旅行会社は、機能論でいえば旅行販売業として必要条件を満たしている。しかし(旅行業の)十分条件ではない。
JTBは顧客に対しては“ライフステージマネージメント”を提供し、地域に対しては共に地域のコンテンツを作って、そこへ旅行者の動線を引く機能を提供していく。そういう企業をめざしている。したがって店舗展開についても、そのような地域の取り組みに適合する店舗は残していくことになる。集客マシンとしての駅前店舗といった考えはすでにない。
−グローバル事業と訪日事業の現状についてお聞かせください
田川 世界を見渡すとヨーロッパ、アメリカなどの地域にはトップエージェントが君臨しているが、いずれも発地営業しかしていない。一方、日本人海外旅行者の受け入れがそもそもの目的とはいえ、JTBは世界各地にランドオペレーター機能を有している。その意味では世界最大のランドオペレーターといえる。この機能を生かし、取り扱い対象を日本人旅行者から世界各国の旅行者にまで拡大すれば、大きなビジネスチャンスにつながるはずだ。アジアには地域に君臨する旅行会社がまだない。まずは成長するアジア地域でナンバーワンをめざす。それが世界へ打って出る足掛かりにもなる。
2011年はグローバル事業の元年だと認識している。これまでの3、4年で一定の投資と枠組み作りを終え、店舗ネットワークなどもある程度整備した。まだインドやブラジルなど空白の地域があり、ここをどうしていくかは検討していかねばならないが、基盤はできた。今後は集中と実業化を指示している。今年は収益力を向上できると期待している。
今年は2001年に社名を「ジェイティービー」に変更してちょうど10年。来年には創業100周年も控える。新しい時代の始まりにふさわしい年にしていきたい。
−ありがとうございました
<過去のトップインタビューはこちら>
海外はチャーターの積極活用が必須
2010年は羽田空港の国際化や成田の容量拡大などの追い風があったが、ジェイティービー代表取締役社長の田川博己氏は2011年の旅行市場を、「基本的に大きな状況は変わらない」と予想する。そのため今年は、需要と市場の創出をするべく自らの「仕掛け」を積極化していく方針だ。特に海外旅行では座席確保のため、チャーターはもちろんLCCへの取り組みなども念頭に入れている。景気の伸び悩みが続き、ゼロコミッション化やオープンスカイの推進でさらなる環境変化が予想されるなか、最大手としてもろもろの変化要因にどう対処していくのか。田川氏に胸の内を聞いた。(聞き手:本誌編集長 松本裕一)
−2010年の総括からお聞かせください
田川博己氏(以下、敬称略) バンクーバー五輪やサッカーワールドカップ、上海万博など大型イベントが集中した年だけに期待は大きく、スタートも悪くなかった。しかし輸出の伸び悩みや円高、デフレによる景気の影響や、アイスランドの火山噴火が痛かった。ただ、ここで感じたのは、リーマンショックや新型インフルエンザに見舞われた2009年が特殊な年だったわけではないということ。このような市場環境が特殊なわけではなく、構造的なものとして捉えるべきだという点だ。
ここ何年かの市場動向を見ていて、海外旅行はよほどの阻害要因が生じない限り、安定的に1500万人から1600万人は見込めると感じている。一方、国内旅行は難しい。JTBの2010年の国内旅行販売は2008年と比較すると十数パーセント落ちこんだ。国内は何かを仕掛けないと販売が伸びない状況だ。
−2011年の見通しはいかがでしょうか
田川 基本的には大きな状況は変わらないだろう。2010年から11年にかけて羽田空港の再国際化、東北新幹線延伸、九州新幹線全線開業があり、インフラ整備による瞬間的な需要底上げは期待できる。しかし、羽田再国際化で海外旅行が1800万人市場になるわけではないし、新幹線で国内旅行が1.2倍に拡大することも考えにくい。景気も簡単には良くならないだろう。したがってマーケットから需要を引き出す工夫と同時に、我々でマーケットを作っていく取り組みが必要だ。
例えば、海外旅行に関してはチャーターの活用だろう。航空会社は機材小型化を進めており座席供給量の減少は避けられない。ハワイなどは行きたいお客様が大勢いるのに座席がなくて商品が作れない。商品造成に必要な座席の確保が最大のテーマだ。
国内旅行は、市場縮小で(従来人気の高かった)定番商品が動かなくなり、仕掛けなければ売れない傾向がさらに顕著になりそうだ。これは旅行業界に限った話ではなく、多くの業界が苦しみつつ新たな技術やアイデアの投入で何とか新商品を仕掛けている。需要を作り出す行為が伴わなくては何も売れない時代になったと考えるべきだ。
そのため、国内旅行では各地域でデスティネーション・マネージメント・カンパニー(DMC)の発想を取り込んでいく仕掛けをおこなっている。商品作りを受地でもやり、受地でいいものがあれば発地の商品に組み込む。商品を発地と受地の両側でプロデュースする。それによってマーケットインのニーズと、現地のプロダクトアウトのニーズが重なった商品群ができれば、絶対に売れるはずだ。
−羽田国際化やオープンスカイの拡大など航空をめぐる環境が変化しています。旅行会社と航空業界の関係はどのように変化していくのでしょうか
田川 ゼロコミッションは世界的な大きな流れだ。それを前提で考えると、レジャー需要についてはプログラムチャーターで売っていくことになるだろう。定期便の機材小型化が進むなかでの座席確保の観点からもチャーターが不可欠だ。
旅行会社同士が協力しつつ、少なくともハワイとグアムは全部チャーターでやるくらいの考えでいい。ヨーロッパではビジネス需要は定期便、レジャーはチャーターとはっきり分けて認識されており、日本もそのように認識すべき時代になったと思う。JTBはプログラムチャーターに積極的に取り組んでいく。ただし装置産業でない旅行会社は、すべてのリスクを引き受けることはできない。したがって航空会社にチャーター会社を作ってほしいというのが願いだ。
観光立国の目標のひとつに海外旅行2000万人を掲げても、座席がなければどうにもならない。その意味で羽田空港国際化は大チャンスだ。供給座席の拡大に、どんどん羽田を生かしていってほしい。定期便がだめならチャーターでいい。とにかく座席供給量の拡大を望む。LCCについても、商品の品質さえ良ければいくらでも使う用意がある。航空座席については、これまでの既成概念をいったん捨てて、ソウル、グアム、バリ、ヨーロッパ、ハワイなど目的地ごとに、それぞれ何をどう使うのが一番いいか、再検証していきたい。
−昨年は「ルックJTBの決心」が注目されましたが、成果と課題をどのように捉えていらっしゃるでしょうか
田川 もちろん一定の評価はあったと感じているが、「ルックJTBの決心」が本当に評価されるにはまだ時間がかかる。「決心」の内容は、お客様側からすれば、それもできていなかったのかという程度かもしれない。例えば追加代金なしの「並び席」も、当たり前と考えるお客様も多い。しかし海外旅行の経験値がある層では「それはいい」と分かってくださる方もいる。だから、我々は我慢強く続けていく。本当に評価されるには2、3年の時間が必要だ。
「決心」の内容が定番になれば、他社が追随するのは難しいだろう。かなりコストのかかる内容だし、JTB以外にはできまいという自負もある。我々の「決心」は、取り組みを「止めない決心」でもある。
−2009年の新春インタビューで、ウェブ販売について「遅れてしまっている」と話されていました。店舗展開を含めて、現在の流通戦略についてお聞かせください
田川 既存の旅行会社ではインターネットの可変性についていけない面がある。インターネット販売では、旅行実施までの残り時間にあわせて刻々と価格を更新できる。商品内容は同じでもコース番号を変えて価格を変えればそれで売れる。しかしパンフレットではそこまで迅速に対応できないし、いったんコース番号を印刷した商品は価格をいじれない。これではコストをかけてパンフレットを作る意味がない。パンフレットなど無くすほうが良いとなる。2011年はこのあたりの考え方を整理して、今後に向けた大きな仕掛けを始める年になると思う。
ただし、旅行業と旅行販売業があるとするなら、我々は旅行販売業だけの存在ではなく旅行業でもある。JTBは単なる旅行販売業ではないとの思いを込めて、2006年から「交流文化産業」という言葉を使い始めた。新しい旅行需要を創り、旅を育てる取り組みが基盤としてあり、旅行販売業はそのうえに乗っかっているわけだ。オンライン旅行会社は、機能論でいえば旅行販売業として必要条件を満たしている。しかし(旅行業の)十分条件ではない。
JTBは顧客に対しては“ライフステージマネージメント”を提供し、地域に対しては共に地域のコンテンツを作って、そこへ旅行者の動線を引く機能を提供していく。そういう企業をめざしている。したがって店舗展開についても、そのような地域の取り組みに適合する店舗は残していくことになる。集客マシンとしての駅前店舗といった考えはすでにない。
−グローバル事業と訪日事業の現状についてお聞かせください
田川 世界を見渡すとヨーロッパ、アメリカなどの地域にはトップエージェントが君臨しているが、いずれも発地営業しかしていない。一方、日本人海外旅行者の受け入れがそもそもの目的とはいえ、JTBは世界各地にランドオペレーター機能を有している。その意味では世界最大のランドオペレーターといえる。この機能を生かし、取り扱い対象を日本人旅行者から世界各国の旅行者にまで拡大すれば、大きなビジネスチャンスにつながるはずだ。アジアには地域に君臨する旅行会社がまだない。まずは成長するアジア地域でナンバーワンをめざす。それが世界へ打って出る足掛かりにもなる。
2011年はグローバル事業の元年だと認識している。これまでの3、4年で一定の投資と枠組み作りを終え、店舗ネットワークなどもある程度整備した。まだインドやブラジルなど空白の地域があり、ここをどうしていくかは検討していかねばならないが、基盤はできた。今後は集中と実業化を指示している。今年は収益力を向上できると期待している。
今年は2001年に社名を「ジェイティービー」に変更してちょうど10年。来年には創業100周年も控える。新しい時代の始まりにふさわしい年にしていきたい。
−ありがとうございました
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