ITソリューション特集:JTBのIT戦略−ITPro EXPO講演より

  • 2010年11月10日
 ITの進化とその活用は、単にコスト削減、業務効率化だけでなく、企業の中・長期的なビジネスモデルの構築を含めて経営戦略に欠かせない要素となっている。最大手のジェイティービーも2004年度に交流文化産業への転換を掲げ、2005年度には長期IT戦略を開始。2014年には日本の旅行消費の40%がインターネット経由、店頭販売は現在の70%程度になるとの予想のもと、同戦略の最終年度となる2015年度に向け、次世代型のビジネスモデルに対応したシステム構築とコスト削減を推進している。先月、日経BP社が開催した「ITPro EXPO」でのJTB常務取締役経営企画担当・事業創造担当・IT企画担当の志賀典人氏の講演から、JTBのITへの取り組みとともに旅行業に求められるITの進化をまとめた。

                          
                                 
「IT」は旅行業の基礎

 JTBでは旅行業界の環境変化に対応すべく、2004年度には総合旅行産業から交流文化産業の転換を掲げ、2006年にはホールディング化、分社化など大幅に経営形態を変更したが、その基礎はITであると志賀氏はいい、「ITは経営戦略上、最も重要」との認識を示す。

 というのも、「旅行業の本質は予約決済と旅行情報の提供であり、それを支えているのはIT」であるからだ。ただし、志賀氏は旅行業の本質である2つの機能の社会的有用性が現在、ITの進化による直販化、情報入手の簡易化やグローバル化により低下したと指摘し、この機能にいかに付加価値をつけていくことが重要、との認識を示す。交流文化産業への転換はこの「付加価値」の創出であり、旅行業の機能を支えるITは新ビジネスモデルの基礎として重要性が増しているとの考えだ。

 一方で、幅広い業務をカバーするシステムの構築には困難もある。志賀氏によると旅行業におけるITは、鉄道や航空会社の巨大予約システムの構築に呼応する形ではじまり、中小企業の多い宿泊機関やフェリー会社、バス会社については、各旅行会社がそれぞれの在庫システムをベースに独自の予約システムを作り上げた。さらに、1990年代には単なる予約システムから営業戦略機能へ、2000年代にはインターネット上の販売チャネルとしての対応など、新たな役割を担うようになる。

 こうした変化の中で、JTBの基幹システムは、1980年代に作られたシステムをベースに増改築を重ね、次々にシステムを立ち上げた結果、同じような複数のプログラムが存在することになってしまったという。そのためデータ管理も分散し、システムコストの増大や業務の複雑化、システム導入の効果測定の困難化につながった。これらの課題解決とマーケット変化に対応した次世代旅行業モデルへの対応を視野に、2005年度から10年間の長期IT戦略を開始したのだ。


テーマは次世代旅行業モデルの実現とIT活用によるコスト削減

 JTBが開発する次世代型旅行業モデルに対応したシステムとは、リアル店舗とコールセンター、ウェブを結びつけるクロスチャンネルの実現と着地型モデルの開発、マーチャンダイジング機能の強化、ウェブチャンネルの活用とそれに対応したバックオフィス業務の集約化が可能になるもの。これはすべて、JTBがめざす交流文化産業の元になるものとの考えだ。一方でコスト削減も重視し、インフラの仮想化やクラウド化を活用して2015年度にはグループ全体のシステム経費を2009年度比で20%削減することを目標としている。

 具体的には、長期IT戦略は2005年度から2008年度の第1段階と、2009年度から2015年度の第2段階に分けて実行している。第1段階は現行のシステムが持つ課題解決が主なテーマ。まず、ITに対するガバナンスの強化を目的とした「IT戦略委員会」を設置し、意思決定や開発プロセスにおけるコミュニケーションギャップの緩和をはかった。また、システムの柔軟性とコスト削減を目的にシステム基盤をオープンシステムへ移行。これは2009年4月に完了し、仕入れや商品造成、販売機能を含めた新ルックシステムや新国内旅行システムなど、基幹業務にかかわるシステムが再構築された。

 そして第2段階で、次世代旅行業モデル実現に向けたシステム作りとコスト削減に着手。開発の基本コンセプトとして重視するのは、データベースの共有化とインターフェイスの標準化、APIの活用による他エンジンとの結合の簡素化など柔軟性の確保、クラウドコンピューティングなどの活用によるノンコアシステムなどの外部化だ。また、基幹系システムのインフラ統合やグループ会社システムのインフラを統合。さらに業務面では財務や会計、CRM戦略、国内・海外商品戦略、グローバルビジネス戦略にも対応できるアプリケーションを開発していく。

 ただし、システム開発には課題があり、例えばAPIの活用については、オープン系同士での結合が標準化されることでコスト面での効果を発揮するが、相手のある問題でありJTBだけの対応では解決できない。また、ノンコアシステムの外部化においても、旅行情報のデータシステムや人事システムなどを安易にノンコアとしてよいかなど、ノンコアとコアの区分を流通構造の変化を見極めながら、検討していく必要があるとする。

 さらにクラウドコンピューティングでは、安全性や信頼性、責任問題などが不安要素としてあり、充分に解消されていない。とはいえ、コスト削減を目的にクラウドを取り入れる考えに変化はなく、当面は旅行周辺事業のシステムインフラをプライベートクラウド化していく予定。志賀氏はこうした課題をあげつつ「これらがクリアできれば、JTBのシステムの将来像ができあがる」と説明した。長期IT戦略プロジェクトは、2012年度から順次稼動される。


全社的にIT戦略を推進するために

 志賀氏が今回、同講演に登壇したのは、「日経情報ストラテジー」の「CIOオブ・ザ・イヤー2010」を受賞したことによる。講演ではCIO(Chief Information Officer)の役割についても言及し、全社的なIT戦略を推進する上で試行錯誤した経験も話した。そのなかで課題のひとつとなったのが、システム投資の意思決定や開発プロセスにおいて、システムのユーザーと開発部門、経営者それぞれの思いがそれぞれ異なる状況にあることだという。

 例えば、経営側は経費効率の良さやシステムの柔軟性と開発の迅速性を求め、実際に業務で使用するスタッフは業務プロセスを理解し、現場やマーケットニーズを把握したうえでのシステム導入を望む。一方、開発側はこうした要求をクリアしようと努力するものの、ユーザーの要望は立場によって内容が異なったり、経営側の要望に沿って作っても結果的に使われないことも多かったりするため、内心ではシステムにすべての解決を期待しないでほしいと思っているという。

 こうした三すくみの状態がプロジェクトの失敗につながるため、志賀氏はその解消とコントロールがCIOとして与えられたミッションだと捉えた。そのため、志賀氏が委員長をつとめるIT戦略委員会では経営者とユーザー、システム開発者が一堂に会して審議し、方向性を確定することで、課題意識の共有、参画意識やコスト意識の徹底をはかった。また、アプリケーションの開発などの際に、原則としてユーザーが要件定義や開発、スケジュール管理、稼働までの全責任を負うようにし、受益者負担意識の徹底やオーバースペックの回避、そして開発途中での要件定義の変更・追加など、無責任な「言いっぱなし」の抑制につなげたという。

 さらに、長期IT戦略の第2段階では長期IT戦略を計画・執行するベースとなる、IT投資基本理念と基本方針も策定。投資対象やその対象範囲などの枠組みを定めた。基本理念として、すべてのシステムがグループ全体の財産であるとし、顧客満足の向上と事業パートナーとの共栄、全社員による価値創出を実現し、企業価値の向上に貢献していくことが重要であるとしたほか、IT投資の基本方針として、大規模投資は成長分野や重点分野であるウェブやグローバル事業での新たな価値創出を目的とした案件に特化していくことを明確化した。

 志賀氏はCIOの役割は、IT戦略の組み立てと執行のみならず、利害関係者の間に不満がたまらないよう意思決定プロセスを大切にして、投資効果を厳正に判断していくことだと話す。そして、経営者とユーザー、開発担当のそれぞれの思いを解消し、コントロールしていくこともIT戦略を推進する上で大切であると語った。


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